TOBYOプロジェクトと「物語」

「物語というのは、その書き手が何かを語ろうとして、自分宛に書く手紙のようなものだ。書く以外の方法では、それが発見出来ないのだ。」 (「風の影」 カルロス・ルイス・サフォン, 集英社文庫)

私たちがTOBYOプロジェクトを始めた当初、どうしても避けて通れなかったのはウェブ上に公開された「闘病記」というものをどう見るべきかを徹底的に考え抜くことであった。その際、私たちが選んだのは、いわゆる「物語」や「作品」という視点からではなく、あくまでも「事実」や「データ」という視点からネット上に大量に公開された患者ドキュメントを見ることであった。

「物語」や「作品」という視点からあえて離れることによって、固有名詞で特定される具体的事実と数量化が可能なデータを可視化するというアイデアが生まれた。そのアイデアから、まず最初に「TOBYO事典」という自前のバーティカル検索エンジンが開発され、次に固有名詞をジャンル別に時系列で抽出・集計する「dimensions」が開発された。そしてその延長上に「がん闘病CHART」「V-search」とそれらの「TOBYO_API」が作られていった。

こう見てくると、やはり最初の方向付けというものが決定的に重要であったと言わなければならないし、今後もその方向付けを繰り返し確認し、さらに一層豊富化し精緻化していくことが必要だと思える。もしも、私たちがウェブ上の患者ドキュメント群を「物語」や「作品」という視点でだけ見ていたとしたら、その後、私たちのプロジェクトはどこへも行きようがなかったに違いない。 続きを読む

TDR:TOBYO Document Research

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ようやく新宿にも春がきた。新宿御苑は梅が満開だが、ところどころ桜も咲き始めた。今なら、梅と桜を一挙両方観る贅沢が味わえる。昼休みにお弁当を持って行こう。

さて現在、先のエントリでも触れたように「がん闘病CHART」の開発を進めているが、実は同時に昨年来やり残していた仕事に再度取り組んでいる。dimensions開発の過程でカスタム・ソリューション・サービスを構想していたが、そのまま放置してしまっていたのだ。

dimensionsは、TOBYOプロジェクトで可視化した闘病ユニバースのデータをさまざまな観点から見ることができる汎用ツールである。ユーザーの目的に応じて、ユーザーがいろいろな使い方ができるように作ってあるのだが、「ツールよりも、結論をまとめたレポートが欲しい」という声もあちこちで耳にした。

また「ソーシャル・リスニング」ということ自体がまだ一般の企業には馴染みがなく、困惑する向きも少なくなかった。「リスニング」の基本文献であるステファン・ラパポートの”Listen First”だが、電通ソーシャルメディアラボが翻訳し、やっと来月4月12日に出ることになった。とにかくこういう基本テキストが出てくれなければ、なかなか社会的認知も進まないのであるが、だからと言って、これでただちに認知や理解が一挙に進むわけでもない。 続きを読む

TOBYO、闘病ユニバースの3万サイト可視化を達成

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TOBYOの可視化闘病サイト件数は、本日(8月10日)、3万件を達成した。自己の貴重な闘病体験をネットに公開してくれたすべての闘病者の皆さんに、この場をかりて深い敬意と感謝の念を表したい。

インターネットが始まるとほぼ同時に、闘病者は自発的に自己が体験した事実をネット上に公開し始めた。それらを読んで自分の闘病の参考とした者が、続々と今度は自分の体験をネット上に公開した。そしてさらに後続の闘病者が・・・というように一種の闘病体験のリレーがネット上で自然発生的に起きたのだ。その結果、ネット上には夥しい量の闘病体験が蓄積され、やがてそれらはオープンでルースな、まさに「自律、分散、協調」を地で行くネットワークをゆっくりと形成していった。

TOBYOプロジェクトを企画する前段階で、私たちはこの自然発生的なネットワークの存在に気づき、後日それを「闘病ユニバース」と名付けた。当時を振り返ると、TOBYOプロトタイプに到達するまでに、私たちの前には複数の選択肢があった。その中のひとつは、いわゆる闘病コミュニティや患者SNSをつくるというものだった。だがすでに「闘病ユニバース」という巨大なネットワークが存在する以上、新たな闘病コミュニティをつくる必要はない。そして、これからコミュニティ=コンテンツ生成場を作ってコンテンツを集めるのではなく、すでにあるものを集めたほうが確実で早い。それに患者コミュニティなるものがそう簡単にワークするものではないことも、米国の状況などを研究してなんとなく分かっていた。 続きを読む

様々なる闘病サイト: 精巣癌と闘うオカメインコ?

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「ネット上のすべての闘病体験を可視化し検索可能にする」。これがTOBYOのプロジェクト・ミッションだが、少しづつ可視領域拡大を進めており現時点で2万7千サイトまで可視化できている。ネット上にゆっくりと自然発生的に形成されてきた闘病サイト群をひとつの仮想コミュニティとみなし、私たちはこれを「闘病ユニバース」と呼んできた。三年前、TOBYOプロジェクトがスタートした時点で、闘病ユニバースの規模をおよそ3万サイトと推定したが、この数字で行けばすでにTOBYOは闘病ユニバースの9割を可視化したことになる。

だがここまで来てみると、闘病ユニバースの規模は当初推定よりも少なくとも一回りは大きいような気がする。そしてまだ膨張の途上にあるものと思われる。日々、闘病サイトは新たに生成されており、その旺盛な活動は今のところ衰える気配はない。もちろん、ひっそりと消滅していくサイトもあるのだが、それを上回る新サイト群が続々と登場している。これらのサイト群を仔細に観察してみると、ウェブに同病者の連帯を求め、相互リンクで結び合い、緊密なコミュニケーションを取ろうとするグループと、いかなるリンクも張らずに超然と孤立することを選ぶグループがあることに気づく。 続きを読む

膨張と収縮: Ban & Crunch

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2月になった。厳寒の毎日。寒風吹きすさぶ新宿御苑にあって、あちこちで梅が蕾をふくらませ、既に一部開花したものもある。遊歩道を歩いていると、まだ春は遠いが確実に近づいてきている気配がわかる。ここのところブログの新規エントリ数が少なかったが、春へ向け徐々に元のペースに戻していきたい。

先月1月は、dimensionsのデータ処理に思いのほか時間を費やした。数百万ページのデータを、数千の固有名詞で一つ一つ精査するのだから、当然これは大きなマシンパワーが必要になる。運用フェーズでの効率的な処理工程を組むために、これまでいろいろ試行錯誤をした。時間はかかったが、今後のために、どうしてもこれらの経験は積んでおかなければならなかった。

さて、TOBYOはもうすぐ収録闘病サイト数で2万6000サイトに達し、文字通り国内最大の患者体験データベースであり、今後も引き続き成長し続けるが、この巨大なデータ集積を効率よく活用するツールが「ディメンションズ」(dimensions)である。拡張検索エンジン「Xサーチ」と蒸留器にして多次元データ生成エンジンである「ディスティラー」。この「二つのエンジン」によって、これまで多様で無秩序に存在していたがゆえに用途が限られていたPGC(患者生成コンテンツ)を、これから縦横無尽に広範なエキスパートが利用する道が開ける。日本の患者が、日本の医療で何を体験し、何を思ったか。これを患者自身が自発的に作成した膨大なドキュメント集積を使って、すみずみまで明らかにできるのである。日本医療の実態を、まさに「患者の目」を通して可視化できるわけだ。大げさではなく、これは一つのイノベーションだと考えている。 続きを読む