医師コミュニティSermoの失敗に何を学ぶか


暑いさなか、海外から「SermoWorldOneに買収される」とのニュースが聞こえてきた。昨年から「Sermo、どうも元気ないな」という印象が強かったが、会員数は12万5千人まで達したものの成長は止まり、さらに月間ユニークユーザーは1万人程度まで落ち込み、ビジネスとしてはつらいのではないかと見ていた。

今後、WorldOneがどう立て直すかが注目されるが、最近、医師コミュニティ自体がビジネスとして難しいのではないかという説が出てきている。上のビデオは、ワシントンDCのベンチャー・キャピタル“NaviMed Capital”に在籍するDr. Bijan Salehizadehのコメントであるが、医師コミュニティをはじめ医療ITビジネスにかなり辛辣な見解を提起している。

Sermoがローンチされてから6年。「全米最大の医師コミュニティ」を標榜しながらも、AMA(米国医師会)との確執、レイオフの実施など、決してその事業は順風満帆ではなかった。ファウンダーのダニエル・ペールストラントはSermoを去ったのか、いつの間にかCEOはティム・ダベンポートにかわっている。

以前のエントリでも触れたが、あらためてコミュニティ・ビジネスというのは「数」の勝負だと思う。医師の場合「不特定多数・無限大」 ではなく特定少数集団という前提がある。すなわち最初からコミュニティの「規模」でハンディがあり、特定少数であるがゆえに、むしろきちんと標的にリーチすることを狙った「プッシュ型サービス」の方が向いているのかもしれない。

そしてHealth2.0も、その代表的企業の一角であったSermoの失敗によって、ある一つの時代が終わったような気がする。なにか寂しいような気もする。だが今から振り返ってみて、ではSermoが提示したイノベーションとは一体何だったのかと考えてみると、結局、何も思い浮かばないのだ。単なる医師コミュニティを越える「新しい何か」を切り開かなければ、ビジネスとして継続するのは難しい、という厳しい教訓を残してくれたことに感謝したい。

三宅 啓  INITIATIVE INC.

セルフ検査キオスクとDOOH市場

チェーン薬局店頭などに置かれるセルフサービスの無料検査キオスク“Solo-Health Station”がこのたびFDAの承認を獲得し、これから本格的に全国展開に乗り出す。

このSolo-Health Stationは、視力、血圧、体重、BMIの測定を消費者が自分で行い、測定結果レポートをその場で受け取れるサービス。また測定結果レポートには近隣の医師リストもあり、その場で希望する医師を選んでオンライン予約を入れることもできる。

いわば自己診断ツールと医療機関予約を一体化したような拠点型サービスだが、ある意味でこれは、疾患発症前の消費者の医療機関訪問を促す「入り口」のような予防機能を果たすものと想定される。そのため国民医療費削減に寄与するとの期待もあり、FDAが承認したのも宜なるかなである。

だがそのような「期待される事態」は実際に起きるのだろうか?つまりこのキオスクを消費者は喜んで利用するのだろうか?そのあたりはなんともわからない。薬局店頭の衆人環視の中で「検査」をするには、いささか勇気がいるような気もする。カーテン等で遮蔽する手もあるが、そうなると店頭での存在感が薄まる恐れもある。よくある「理屈はわかるが、実際にはワークしないのでは・・・・・」というサービスになる可能性が強いのではないか。

ところでこの”Solo-Health Station”にはセルフ検査キオスクという顔とは別に、もう一つの顔がある。それはDOOH(Digital Out of Home)広告媒体という顔である。要するにこれを介して、製薬メーカーや医療機関の広告を薬局店頭で流そうというわけである。実は米国では最近、DOOH市場そして特に医療DOOHが成長分野であるとの声が高まってきており、この”Solo-Health Station”もセルフ検査キオスクとしてよりも、むしろ新しいDOOH広告チャネルとして見られることが多いようだ。

米国の医療DOOH市場は、これまで医療機関向け市場で急成長を遂げてきている。病院の待合室やコモンスペースでのディスプレイ設置による映像コンテンツ配信サービスが大きく伸びており、この3月には病院専門配信サービスHTV(Hospital TV Network)がローンチされている。そしてSolo-Health Stationによって、医療DOOHの新たなステージとして薬局店頭が注目されているわけだ。

三宅 啓  INITIATIVE INC.

HealthTapの快進撃

HealthTap

今年はじめには、あちこちで悪評がささやかれていたHealthTap。そのHealthTapが1100万ドルの資金調達に成功し、サイトとサービスのリニューアルに取り組んでいる。当初、HealthTapはQuoraの医療版のようなQ&Aサービスを目指していたとのことだが、今回のリニューアルでは路線変更の兆しがうかがえる。どうやらHealthTapは単なる「患者-医師、Q&Aサービス」から、「患者-医師、バーチャル診察サービス」の提供へと転進しつつあるようだ。そしてその際、彼らが重視しているのはモバイルデバイスだが、決済手段としてPayPalの小額決済サービスであるマイクロペイメントを使うことが話題になっている。ウェブ医療サービスの新たなマネタイズ手段として、今後、マイクロペイメントが注目されるかもしれない。

しかし、この「患者-医師、バーチャル診察サービス」というのは、実はこれまで多数のスタートアップが挑戦しながらも、ほとんどすべてが失敗している分野である。最近ではDr2.0ことジェイ・パーキンソンがプロジェクトに参加していた”Hello Health”の挫折が記憶に新しい。現在”Hello Health”は、クラウドベースのEHRに方向転換している。「患者-医師、バーチャル診察サービス」は、いわゆる”Tele-Medicine”(遠隔医療)という医療ITではむしろ古典的なジャンルにふくまれる。昔から誰もが思いつきながらも、いまだにビジネスの不毛地帯である。これはなぜだろうか?このあたりに、ウェブ医療サービス成立条件の特殊性を探るヒントがありそうだ。

ところでHealthTapへの出資者だが、エスター・ダイソンやGoogleのエリック・シュミットをはじめ錚々たる顔ぶれである。

三宅 啓  INITIATIVE INC.

The Missing Voice of Patients

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昨日のセミナーでも話したが、副作用症状報告について、医師が「患者の声」を過小評価しがちであるとの調査結果がNEJMで二年前に発表されている。“The Missing Voice of Patients in Drug-Safety Reporting”  この調査はニューヨークのスローン・ケタリング記念がんセンターで、ほぼ二年間にわたるがん患者467人の4034回の診察を対象におこなわれた。それぞれの診察で確認された副作用症状について、患者が直接作成した報告書と医師・看護師側が「患者の声」に基づいて作成した報告書の傾向を比較しようというものだ。(Ethan Basch, M.D.N Engl J Med 2010; 362:865-869March 11, 2010)

上のグラフはその調査結果の一部で、副作用症状のうち「疲労」「食欲減退」の累積罹患率を示している。赤線は患者報告、青線は医師・看護師報告に基づいているが、いずれも患者報告の方が医師・看護師報告よりも累積罹患率はかなり高く、しかもその立ち上がり方は急峻であることがわかる。「食欲減退」では医師・看護師側報告ではほとんど罹患が認められないのに対し、患者報告では最終的に40%近い患者が「食欲減退」症状を報告しており、「患者の声」は医師・看護師からほぼ無視されたようなかたちになっている。しかし、患者自身が訴える「食欲減退」感を否定するというのは、一体どう解釈すればよいのであろうか?

かつてある医療セミナーで、講師が「患者のいうことは信用できない」と発言するのを聞いたことがあった。後日、あらためてこの発言を思い出し「とんでもない発言だ」と腹が立ったが、その時、その場で反論せずに黙っていた自分の卑小さを責めるほかなく、たいへん悔しい思いをした。また、闘病ブログを読んでいると、よく遭遇する次のようなシーンがある。患者が医師に対して患部の痛みを訴えたが、医師は「そんなことは、あるはずがない」と患者の痛みを否定し、患者はあたかも自分が嘘をついているかのように医師から非難されたと感じ、患部の痛みに何の処置も施されずに診察室を去る。そんなシーンである。まさかと思われる向きもあろうが、実際、このようなシーンを綴った闘病ブログは少なくないのだ。 続きを読む