自発性、回答者A、不揃いなる事実

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dimensionsで扱うデータは、私たちが闘病ユニバースと呼んできたウェブ上に公開された闘病者のドキュメントである。これらのデータはどのような特徴を持っているのだろうか。患者アンケートやヒアリングなど他の患者ソースのデータと、どこがどのように違うのだろうか。

TOBYOプロジェクトを開始するに当たって、私たちは闘病記というものを改めて考察するところから出発し、ウェブ上の患者ドキュメントの性質をさまざまな角度から見てきた。その過程で、まず従来のリアル闘病記、つまり本としてパッケージ化された闘病記とウェブ上の闘病ドキュメントの差異を考えざるを得なかった。しばしば「われわれはネットから医療を見ている」という言い方をしてきたが、実はこのような考え方は、リアル闘病記とウェブ闘病ドキュメントの差異認識に由来するものである。だがこのことについては、後日、あらためて論じる機会があると思う。

さて、ウェブ闘病ドキュメントと患者アンケートやヒアリングなど患者調査データとの違いであるが、まず一番大きな違いは、なぜそのようなデータが作成されたのかをめぐるデータ生成の動機である。ウェブ闘病ドキュメントはあくまで闘病者自身のため、すなわち純粋に「自分のために書く」ことが動機になっており、それは闘病者自身の内発的な自発性だけに依拠している。対して患者調査では、データ生成動機は闘病者の内部には存在せず、リサーチャーやモデレータなど外部の第三者が闘病者とは無関係に作成した調査目的に依存している。
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Google Healthはどうなる?

Shadow

昨日、久しぶりに新宿御苑を散策した。例年ならこの時期、花見客で混雑するのだが、寒風が吹き渡る苑内の桜はまだほとんど開花していなかった。地震のせいでもあるまいが、今年の春は遅い。それでも苑内を歩き回ってみると、春の息吹をあちこちに感じ取れた。そして今朝通勤途上、新宿御苑の遊歩道を歩いていると春風が頬を撫でた。たった一日で季節が変わったのだ。

来月4月4日、Googleはエリック・シュミットに代わり、共同ファウンダーの一人であるラリー・ペイジがCEOに就任する。このことによって、GoogleHealthが事業縮小されるのではないかと米国では言われ始めている。3月26日付Wall Street Journalに掲載された記事”At Google, Page Aims to Clear Red Tape” によれば、ラリー・ペイジはGoogleの官僚化した組織とプロジェクトを見直し、スタートアップらしさ、つまりベンチャー精神を取りもどしたい意向のようだ。

あのGoogleでさえ、ここ10年ほどの成功体験によって組織内部の官僚化や保守化が起きているのかと驚くが、たとえファウンダーが現場復帰しても、再び創業時のベンチャー精神を取り戻すのは容易ではないだろう。それにしても、その事業見直しでGoogleHealthが矢面に立たされている。残念なことだが、ある意味では当然の成り行きかもしれないと言われている。 続きを読む

疼痛など主観的事実を可視化する: dimensions

distiller

dimensionsは薬品、治療法、医療機関、医療機器など医療関連固有名詞をキイとして、患者が体験した事実を可視化することをめざしている。現在、バグフィックス中であるが、追加機能や用途についていろいろなアイデアが浮かんできている。

薬品など固有名詞によって可視化されるのは患者が体験した事実だが、これはもちろん客観的な事実である。従来、患者体験は「闘病記」というパッケージで一括され、どちらかと言えば「作品コンテンツ」みたいに捉えられてきた。そうではなく闘病ドキュメントを闘病者が実際に体験した「事実」の集合体と捉え、それら事実群によって構成される「次元」を抽出することによって、医療現場で何が起きているかを可視化しようというのがTOBYOプロジェクトの基本的な立場である。

だが、客観的事実だけでなく、患者が体験した「主観的な事実」というものが一方には存在している。では闘病体験の中で最も重要な「主観的事実」とは何かと考えると、それはまず「痛み」だろう。「痛み」は唯一患者だけが体験する主観的事実である。そして実際に闘病体験ドキュメントにおいて、「痛み」について言及されることはきわめて多い。たとえば関節リウマチ患者の体験ドキュメントなどで、日々の痛みの頻度や程度が克明に記録されているケースをしばしば目にする。痛みの発生を時間表でマークしたり、痛みの程度を5ランクなどランキングや数値で表現したり、さまざまな主観的尺度が工夫され「痛み」の記録があちこちの闘病サイトで生成されている。痛みのほかにも、「気分、かゆみ、膨満感、吐き気」など多彩な主観的事実の記述は、闘病体験ドキュメントの多くの部分を占めているのだ。これらデータをどのように可視化し活用するかということも、dimensionsおよびリサーチ・イノベーションの大きな課題であると、最近になって認識し始めている。 続きを読む

医療の両義性

SageCommons

昨年末から話題になっている近藤誠医師の「抗がん剤は効かない」。このタイトルに強い既視感があったのだが、さてどこで目にしたのか、とっさには思いつかなかった。しかし、ふとしたはずみに昨年ポストしたエントリ「医療分野におけるデータ公開・共有の新展開 」を思い出した。昨年4月サンフランシスコで開催されたSage Bionetworks の”Sage Commons Congress”の冒頭プレゼンテーション・スライド(上図)には

“75% of cancer drugs don’t work.”

と記されていたのである。Sageにはファイザーやメルクが支援しているので「ここまで言っていいものか?」と強く印象に残ったのである。

ところで五年前、私の父が胃癌の診断を受け医師から全摘手術をすすめられていた頃のことだが、近藤医師の「がんもどき理論」をネットで知り、それに父が強く惹かれていたことがあった。無理に外科的切除をするよりも、がんとのいわば「共存」を説くようなその「理論」は、患者に取って新鮮で魅力的に見えたのであろう。私はその「理論」が10年前の90年代に発表された古いものであることを父に告げ、医師のすすめる全摘手術を早く受けるように言った。父は逡巡の末、全摘手術に同意したが、結局手術の失敗のために命をなくし病室から帰ることはなかった。結果論だが、もしも手術を拒否し「がんとの共存」を選択していたとすれば、あと2-3年は生存できたかも知れない。否、できなかったかもしれない。 続きを読む

医療ITイノベーションと危機

IMS

二十年ほど前から、米国ではPLD(prescriber-level data)というビジネスが開始された。これは処方箋データを薬局から買い取りデータベース化し、さらに医師資格データをAMA(米国医師会)から買い取りデータベース化し、これら二つのデータベースを結び合わせた上で、新たにデータを生成し製薬会社などに販売するものだ。

最初にこのビジネスモデルを開発したのはIMS Health社で、このPLDデータを製薬会社、医療機器会社、行政などに販売し大きな利益を獲得した。特にPLDデータをマイニング処理することにより、従来得られなかった医療に関する新鮮な知見が得られるようになったことが大きい。たとえばインフルエンザのアウトブレイクやそれへの医師の対応状況の把握、あるいは製薬メーカーのマーケティングへの活用など、PLDの活用領域は非常に広いものがあった。

IMSは全米の処方箋の70%をデータベース化し、やがて彼らのデータベースは米国の患者動向や医療実態を十分に把握できる規模に達した。それに伴い売り上げは2007年には22億ドルになり、直近の時価総額は50億ドルといわれる。これは医療分野では異例の急成長ビジネスである。 続きを読む