二十年ほど前から、米国ではPLD(prescriber-level data)というビジネスが開始された。これは処方箋データを薬局から買い取りデータベース化し、さらに医師資格データをAMA(米国医師会)から買い取りデータベース化し、これら二つのデータベースを結び合わせた上で、新たにデータを生成し製薬会社などに販売するものだ。
最初にこのビジネスモデルを開発したのはIMS Health社で、このPLDデータを製薬会社、医療機器会社、行政などに販売し大きな利益を獲得した。特にPLDデータをマイニング処理することにより、従来得られなかった医療に関する新鮮な知見が得られるようになったことが大きい。たとえばインフルエンザのアウトブレイクやそれへの医師の対応状況の把握、あるいは製薬メーカーのマーケティングへの活用など、PLDの活用領域は非常に広いものがあった。
IMSは全米の処方箋の70%をデータベース化し、やがて彼らのデータベースは米国の患者動向や医療実態を十分に把握できる規模に達した。それに伴い売り上げは2007年には22億ドルになり、直近の時価総額は50億ドルといわれる。これは医療分野では異例の急成長ビジネスである。
順風満帆かと思われていたPLDビジネスだが、突然の危機に見舞われている。バーモント州、ニューハンプシャー州、メイン州の三州がPLDの製薬メーカーへの販売を禁止したからだ。その理由は「医師のプライバシーを損ない、医療コストを増大させる」というものだ。もちろんPLD業界側は法廷で争う構えだが、今後、舞台は上級審に移る。
PLDビジネスを見ていると、やはり「ビジネスモデルのイノベーション」ということを考えさせられる。特に処方箋DBと医師資格DBという、まったく違う種類のデータベースを組み合わせ、そこから新しいデータを生成するというアイデアは素晴らしい。やはり「データは次世代の”intel inside”」なのだ。もちろんこの他にも、医療関連の異種データベースを組み合わせる余地はあるだろう。たとえば当方のTOBYOプロジェクトでは国内で初めて闘病体験をデータベース化しているが、これを他のデータベースと組み合わせ、新しいデータを生成することは可能だ。昨年から開発に取り組んできたdimensionsは闘病体験DB自体のツールであるが、他のDBと組み合わせることによって、医療について従来なかったような知見を生み出す可能性はあると考えている。
ただPLDと同様、プライバシーなど法的規制が立ちはだかることも予想される。ウェブ全体は従来とは違う新たなプライバシー観へと動き出していると思うのだが、やはり医療はこの分野でも一番遅れているのかも知れない。今後、「イノベーションと個人情報保護の矛盾」という問題が医療ITサービスにおいて争点になってくるような気がする。
三宅 啓 INITIATIVE INC.
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