謹賀新年

替天行道2013

新年おめでとういございます。
本年もよろしくおねがいします。

今年の年賀状には「替天行道」と記しました。昨年暮れkindle PaperWhiteが届き、とりあえず読み始めたのが北方謙三「水滸伝」全19巻でした。以前からこのシリーズには注目していましたが、なにせ19巻というボリューム、なかなか手が出ませんでした。ところがeブックリーダーを入手してみてあらためてそのメリットを考えてみると、まずリアル・ブックにはないそのスペースファクターということになります。とにかく「一台に1000冊の本を収納できる!」のですからこれはありがたいわけで、特に「水滸伝」のような長尺物を気軽に持ち運べるようになり、さっそく試しに読み始めたというわけです。

ところがこの「水滸伝」作中に頻繁に登場するのが「替天行道」。その意味をめぐって複数の解釈があるようですが、北方「水滸伝」では梁山泊叛徒たちの革命思想スローガンのように用いられています。そのあたりを考えているうちに、10年ほど前、私たちに近い場所で扇情的に呼号されていた「ITが医療を変える!eヘルス革命!」などという文言を思い出しました。10年たってみると、これらの文言は単に空虚なばかりか、どことなく寒々しい響きさえ感じさせます。

この「ITが医療を変える!eヘルス革命!」というフレーズで、たとえば「IT」を「SNS」とか「ソーシャルメディア」に、「eヘルス」を「Health2.0」と言い換えてみると、一応、今でも通用するような体裁の文言にはなります。ですが、今からさらに10年後を想起してみると、たとえ「SNSが医療を変える!Health2.0革命!」などと言ったところで、やはり空しく寒々しいものになっているであろうことは容易に推察できるでしょう。

特に医療をめぐっては、これまでさまざまな人々が「医療を変える」ということを異口同音に叫んでいたと思います。しかしそれらは荒野をさまよう木霊のように、何の実体も伴うことなく、いつしか現実世界の強風に吹き飛ばされて消失していったのです。いったいこれらをどう解釈すればよいのでしょうか。

昨年あたりから、過熱気味の「ソーシャルメディア」ブームに対する違和感の表白が、すでにウェブのあちこちで目につくようになってきました。そろそろ「ソーシャルメディアの次に来るもの」に想いを馳せる時期かもしれませんが、それにしても流行現象の栄枯盛衰に一喜一憂するのも空しい所作ではありませんか。もっと持続力のある「何か」を見つけ出す必要があるのかもしれません。おそらく、もっと長持ちする「ビジョン」をこそ創案すべきなのでしょう。

「医療を変える」とか「××革命」とかいうclichéから抜け出し、なおかつそれらの発想と決別し、自分の言葉で医療ビジョンを語らねば・・・・。そんなことを考えさせてくれた「替天行道」でした。

三宅 啓  INITIATIVE INC.

「コミュニティ・リサーチ」の考察

「現代社会の市民は、議論を始めるにあたって、議論の場そのものの共有を信じることができない。意見は異なっても、とりあえず同じ共同体の一員としてひとつの議論に参加している、という出発点の意識すら共有できない。アーレントとハーバーマスが理想とした公共圏はそもそも起動しない。」(「一般意思2.0」、東浩紀、P97)

「しかし、ネットの政治的な利用の本当の可能性は、無数の市民がそこで活発な議論をかわし、合意形成に至るといったハーバーマス的な理想にはなく、(いくども述べているようにどうせそんなものは成立するわけがないのだから)、むしろ、議論の過程で彼らがそこにほうりこんだ無数の文章について、発話者の意図から離れ集合的な分析を可能とするメタ内容的、記憶保持の性格にこそあると言うべきではないだろか。発話者は一般に、発話の内容については意識的に制御することができる。しかし、発話のメタ内容的な特徴、たとえば語彙の癖や文体のリズムや書く速度などは容易には制御できない。そしてネットは、まさにそのようなメタ内容的な情報の記録に適しているのだ。」(同上、P 127)

少し前に、あるマーケティング・リサーチ関係者から「TOBYOにはコミュニティはあるのか?」という質問を投げかけられたことがあった。このブログをかなり前からお読みになっている読者なら、おそらくこの「問い」に苦笑されるかもしれない。まさにこの「問い」こそは、TOBYO立ち上げ初期から幾度となく異口同音に私たちに繰り返し向けられてきた「問い」であり、そのことはしばしばこのブログでも触れてきている。実はもういい加減、辟易しているのだが。

そのうちにだんだんわかってきたことだが、どうやら世の中には「コミュニティ信仰」というものが広く根強く存在するらしい。何かコミュニティをやっていることが、論証抜きで非常に価値のある高度な試行であるかのような、そんな「信仰」があるような気がする。もっとも「信仰」が論証されることはないのだが・・・・。また、コミュニティがあたかも諸課題の万能特効薬ででもあるかのようなそんな「信仰」もあるような気がする。

これら「コミュニティ信仰」に通底するものは「コミュニティ成立」への疑念の欠如であり、すべてのコミュニティが例外なく「成立する」と何の根拠もなく楽天的に信じられている。だがコミュニティは不成立に終わることもあり、むしろ現実には不成立のケースのほうが多いのである。 続きを読む

「患者エンゲージメント」異聞

今年の春に「患者エンゲージメント」と題するエントリを書いた。この「患者エンゲージメント」という言葉が持っている今日的意味を少し整理しておこうという意図があってのことだった。だが、何か大事なことを書き忘れたのではないかと、釈然としない気持ちが書き終えたあとに残ったことを覚えている。

その後この「エンゲージメント」のことはすっかり忘れていたが、最近、米国の製薬マーケティング関連のブログ筋でメルクの消費者向けサイト「MerckEngage」 が話題になっており、あわせて「エンゲージメント」について論じられていることに気づいた。この「MerckEngage」では今月から会員ユーザーに対しメールで健康情報を提供し始めたのだが、どうもメール送付を希望しないユーザーにまでメールが届けられてしまい、しかも「メール受信拒否」のオプトアウト手順が複雑すぎると批判の声があがったのである。

昨年、従来サイトをリニューアルして新規オープンした時、「MerckEngage」に寄せられた反応は芳しいものではなかった。“Merck engage is not engagement at all”というブログエントリまであらわれたのである。サイトタイトルに「Engage」と明記されているのにサイト自体はまるでちがうと、その羊頭狗肉ぶりが批判されたわけだ。さらにこのブロガーは次のように主張している。

To me engagement is not a website with tools and information for patients.  Engagement = conversation.

(私にとってエンゲージメントとは、患者向けツールや情報があるウェブサイトのことではない。「エンゲージメント=会話」なのだ。)

おそらくメルクの担当者はこのエントリを見たのであろう。そして「エンゲージ」という文言を実体化すべく、まさに消費者との「会話」を生み出そうとして、今月からメールをユーザーに送付し始めたのだろう。ところがそのメールが一方的に送られたので、逆に不評を買ってしまったのである。 続きを読む

TOBYOプロジェクトと「物語」

「物語というのは、その書き手が何かを語ろうとして、自分宛に書く手紙のようなものだ。書く以外の方法では、それが発見出来ないのだ。」 (「風の影」 カルロス・ルイス・サフォン, 集英社文庫)

私たちがTOBYOプロジェクトを始めた当初、どうしても避けて通れなかったのはウェブ上に公開された「闘病記」というものをどう見るべきかを徹底的に考え抜くことであった。その際、私たちが選んだのは、いわゆる「物語」や「作品」という視点からではなく、あくまでも「事実」や「データ」という視点からネット上に大量に公開された患者ドキュメントを見ることであった。

「物語」や「作品」という視点からあえて離れることによって、固有名詞で特定される具体的事実と数量化が可能なデータを可視化するというアイデアが生まれた。そのアイデアから、まず最初に「TOBYO事典」という自前のバーティカル検索エンジンが開発され、次に固有名詞をジャンル別に時系列で抽出・集計する「dimensions」が開発された。そしてその延長上に「がん闘病CHART」「V-search」とそれらの「TOBYO_API」が作られていった。

こう見てくると、やはり最初の方向付けというものが決定的に重要であったと言わなければならないし、今後もその方向付けを繰り返し確認し、さらに一層豊富化し精緻化していくことが必要だと思える。もしも、私たちがウェブ上の患者ドキュメント群を「物語」や「作品」という視点でだけ見ていたとしたら、その後、私たちのプロジェクトはどこへも行きようがなかったに違いない。 続きを読む

高まる医療ゲーミフィケーションへの期待

先のエントリで製薬会社ベーリンガー・インゲルハイムの話題のゲーム「Syrum」を取り上げたが、最近、ゲーミフィケーションを医療のアプリやサービスの開発に導入する動きが活発化している。Syrumの場合、どちらかと言えば新薬開発のためのマーケティングを目的としていると考えられるが、もとよりゲームは、消費者あるいは患者が楽しく遊びながら自らのエンゲージメントやモチベーションを高め、生活習慣を自然に変えることができる優れた方法である。

たとえば運動習慣を生活に取り入れようとジョギングを始める人は多い。でもなかなか日々の習慣にするまでには至らず、挫折する人も多いのではないだろうか。こんな人には“Zombies Run !”だ。”Zombies Run !”は、ただ走るのではなく「ゾンビ集団から逃げる」という緊迫した状況設定を日々のジョギングに付与し、さらに「街づくり」など達成感のあるゲームストーリーにプレイヤーを巻き込んでいくスマホ・アプリだ。いわばリアルのランニングとヴァーチャルのゲームを一体化して、プレイヤーのランニング・モチベーションを高めるエンターテインメントに仕上がっている。これと似たようなゲーム性のあるジョギング・アプリとしては“Superbetter”も人気がある。 続きを読む