患者エンゲージメントの時代

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昨年後半頃からだろうか、患者エンゲージメント(Patient Engagement)という言葉が、海外、特に米国の医療関係ブログやメディアなどで盛んに使われはじめ、今やバズワードになっている。だがその中身ははっきりしない。明確な定義もないままに、勝手に言葉だけが一人歩きしているような具合である。

調べてみると、どうやら2006年に米国広告リサーチ協会が新しい広告効果指標としてこの「エンゲージメント」を提唱したことが発端になっているようだ。マスメディア時代のレガシー広告指標に代わるものとして「エンゲージメント」が登場したわけだが、これは従来のともすればクライアント発想に立つ「リーチ、フリーケンシー、GRP」など効果指標を、消費者の主体的な態度としての「ブランドへの愛着、きずな」などブランドと消費者の関係性に関わる「感情の指標化」をめざすものであった。

このようにもともと広告やコミュニケーションの新しい効果指標として登場した「エンゲージメント」だが、その後、マーケティング調査会社などで医療分野でも「患者エンゲージメント」として研究開発がおこなわれてきた。たとえば、世論調査で有名なギャラップ社も患者エンゲージメント調査に積極的に取組んでいる。ギャラップ社の場合、ピッカー研究所が開発した患者経験調査をもとに数年前から米国政府が実施している全国病院患者経験調査(HCAHPS)に、独自の患者エンゲージメント指標を加えた調査サービスを医療プロバイダーに提供している。

このギャラップ社の調査サービスにおいても、やはり患者の医療機関に対する感情的な結びつきを明らかにすることが調査目的に挙げられている。これらは従来の満足度調査や経験調査に代わる、新しい消費者(患者)調査として構想されているようだ。つまり、患者や消費者のブランドに対する態度測定尺度は「満足-経験-エンゲージメント」と移動してきており、それにともない高度な患者エンゲージメントを創造することが医療機関の主要マーケティング課題になってきているとされる。

ところで2月にNational eHealth collaborative(NeHC)が発表した“Consumer Engagement and Health Information Exchange”に関する調査レポートによれば、「医療を変えるために患者エンゲージメントはどの程度重要か?」との質問に対し「たいへん重要」(77%)、「重要」(18%)、「どちらかといえば重要」(5%)と回答者全員がその重要性を認めている。にもかかわらず、「普通あなたが『患者エンゲージメント』を説明する場合、以下の選択肢のうちどれがもっとも近いか」に対する回答結果はかなり分散しており、「患者エンゲージメント」という言葉の解釈およびイメージについてかなりの開きが各人にあることがわかった。(上図、または上記”Consumer Engagement and Health Information Exchange”PDFファイル参照)。さらにここで示された患者エンゲージメントの説明選択肢は、具体的な医療や情報に対する患者行動を中心に記述されており、医療機関への愛着やきずななどギャラップ社などが重視する患者感情とはかなり異なっている。さらにまた、Health2.0ムーブメントの中から現れてきた「参加型医療」の延長として、患者の参加性を軸に「患者エンゲージメント」を解釈する向きもある。

このようになんだかはっきりしないまま、とにかく「なんとなく重要だ」という気分だけが先行している「患者エンゲージメント」であるが、考えようによっては、これらの混乱は今日の医療をめぐる状況を明示しているともいえる。特にネットの進化によって患者の役割や患者と医療の関係性は、これまでのどの時代にもないほど大きく変化している。その変化は現在進行形で起きており、はっきり言ってその終着点を誰も予測出来ていないのだ。そのような不透明な状況で「患者エンゲージメント」という言葉が登場したわけだが、人々はこの言葉に託して自分の考える「変化する患者の役割」や「変化する医療」を千々ばらばら各人各様に語っていると思える。

いわば今日進行中の医療の変化、とりわけ「患者の役割の変化」の方向感覚的なシンボルワードとして「患者エンゲージメント」が浮上しているのだが、その中身はこれから徐々に豊富化されるのか、それとも一過性のバズワードとして消費され忘却されるのか・・・。今後の推移を注視したい。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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