医療情報システムの三つの顔(EMR、EHR、PHR)

最近、米国でNAHIT(National Alliance for Health Information Technology)が発表した「EMR、EHR、PHRの定義」がちょっとした話題になっている。なるほど考えてみると、これまでEMRとEHRの差異さえ実は明確ではないうちにPHRが出てきてしまったので、これら三者の関係があいまいなままに放置されているような現状がある。NAHITによるそれぞれの定義は下記のようになっている。

EMR:
The electronic record of health-related information on an individual that is created, gathered, managed, and consulted by licensed clinicians and staff from a single organization who are involved in the individual’s health and care.

EHR:
The aggregate electronic record of health-related information on an individual that is created and gathered cumulatively across more than one health care organization and is managed and consulted by licensed clinicians and staff involved in the individual’s health and care.

ePHR:
An electronic, cumulative record of health-related information on an individual,drawn from multiple sources, that is  created, gathered, and managed by the individual. The integrity of the data in the ePHR and control of access to that data is the responsibility of the individual.


非常にわかりやすい定義になっているが、それでもこういうふうに三者の定義を並べてみると、やはり何か違和感があるのはなぜだろう。そう考えると、これら三者が過去のIT進化段階の地層に、それぞれ対応して出現して来ていることに改めて気づく。つまり時間軸上にこれらの三つを配列すると、ネットワークが発達していない時代のスタンドアローン型EMR、ネットワーク時代のEMRネットとしてのEHR、患者個人がエンパワーされる2.0時代のPHRと、やや乱暴に整理すれば、このようにまとめることができるだろう。これは医療情報システムの進化を概観したものと見てよいが、問題はその進化がリニアに排他的に進むのではなく、それぞれの段階のシステムが残存しながら進むということだ。EHRはEMRが進化したものと考えられるが、EHRの登場がEMRの排除にはつながらず、EHRはEMRを包含する上位概念みたいな位置づけになっている。そして、さらにPHRの登場もそれまでの2つのシステムを排除せずに、三者が鼎立するような事態が想定されている。

だがEHRとEMRの関係はわかるとしても、問題はPHRである。これはあきらかに異質であり、アグリゲータという位置づけで見ても、その相手はEMRでもEHRでもよいことになりそうだ。むしろ、中途半端にデータをアグリゲーションしているEHRよりもEMRのほうが相手として相性が良いかも知れない。だが、別の「解釈」の仕方もある。つまりEHRに消費者向けの「顔」を持たせればPHRになるのだ。現にヨーロッパでは、国家レベルのEHRを同時にPHRとして「転用」しようとしている。このように、もしもEHRの「消費者側の顔」をPHRとみなすのであれば、逆にPHRの「医療業務用の顔」をEHRとみなすこともあり得るのである。

こんなふうに上記の各システム定義には、表面上をどのようにシンプルに定義しようとも、さまざまな問題と混乱を残すことになる。では、なぜこんなことになったのか。これはきわめて原因がはっきりしている。ここ数十年間、医療界は情報システム導入に消極的であり、EMRさえまだ十分に導入されないうちに技術革新によって次世代、さらに次々世代のシステムまでが登場してしまった、ということに尽きる。この根本原因の解明と今後の対策を抜きに医療情報システムを定義しようとすると、それはほとんど「解釈ごっこ」や言葉遊びに等しくなってしまうのだ。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


医療情報システムの三つの顔(EMR、EHR、PHR)” への3件のコメント

  1.  2007年から膀胱がんの中でも珍しい尿膜管がんの診断を受け、現在も外来化学療法により仕事を続けているガンファイターと申します。

     セカンドオピニオンを取りに行くなどすると、患者としてPHRをやらざるを得ないというのが実感です。

     ついでに、EMR、EHR、PHRの理解を深めるために、次のように仮訳しました。

     EMR:
     個人の健康とケアに関係する一つの組織から正式免許をもった有資格臨床医及びスタッフによって作成され、収集され、管理され、診察される個人についての健康関連情報の電子医療記録

     EHR:
     複数の医療組織を横断して作成されて、収集され、個人の健康とケアに関係する正式免許をもった有資格臨床医及びスタッフによって管理され、診察される個人についての健康関連の情報の総電子医療記録

     ePHR:
     個人によって作成され、収集され、管理される複数の情報源から寄せ集められた個人についての電子蓄積健康関連情報。ePHR及びそのデータへのアクセス管理におけるデータの完全性は個人の責任です。

  2. いつも勉強させていただいています。私は次のように整理しています。参考になればと思い、書かせていただきます。

    EMR
     従来の診療録を含んだ、医療機関内での医療情報の電子化

    EHR
     政府や自治体レベルで、複数施設から健康情報を集めたものの電子化

    PHR
     個人が主体となって、複数施設や自発的入力によって医療・健康情報を集めたもの 

    注意せねばならないのは、そのデータの網羅性です。
     EMRは血液検査から画像、「医療者による患者の訴えの記述」まで、医療機関内でのすべての情報を網羅できます。

     しかしEHRは、病名や検査データなど、公共の福祉に役立つものだけを対象としているはずです。EMRのごく一部を集めたサブセットにすぎません。

     PHRは技術革新もあり、EMRの情報量を包含できる可能性があります。さらにPHRは闘病記のような「患者自身による訴えの記述」も含むことができる点で、他よりひとつ階段を登った位置にあるように思います。

     私は、EMRを取り込む形でPHRが発展し、その一部をEHRとして集約するという順番が良さそうに思います。患者がPHRからEHRにデータを出す同意を与えるかが難題かもしれませんが。

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