視界不良の医療IT化国家プロジェクト

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「過去数年間、連邦議会の医療IT化法案は同じパターンをたどった。立法者から発せられたビッグ・アナウンスメント、煽り立てと興奮、そしてその後は『ナッシング』。法案は委員会審議に張り付いたままか、あるいはホワイトハウスと議会がそれぞれのバージョンの法案を調整できないでいる。」(by Colleen Egan, iHealthBeat)

このパターンの典型的な法案は、2005年にエドワード・ケネディー上院議員から提出され、今年になって再度提出された「米国における共同利用可能な全国医療情報技術システムの導入強化、および医療のクオリティを改善しコストを抑制する法案」(S.1693)である。だが今回もプライバシー団体の反対に遭遇し、その前途は多難である。

さて、ブッシュ政権医療政策の目玉であるNHIN(全国医療情報ネットワーク:National Healthcare Information Network)プロジェクトだが、目標必達年次である2012年の実現が一層あやしくなり始めてきた。まず、NHINの「基盤」を担うと目されてきた医療現場におけるEHR導入が遅々として進まないのは、9月のエントリーでも報告しておいた。

だが最近、地域においてNHINを担うと期待されているRHIO(地域医療情報機関:Regional Health Information Organizations)までが、実際は機能していないというショッキングな報告が民間シンクタンクITIF(THE INFORMATION TECHNOLOGY AND INNOVATION FOUNDATION)のレポートで明らかにされた。

「全国にRHIOを多数設立することによって、ボトムアップでネットワークを構築するという戦略は機能しない」とITIFレポートは述べている。

全国に100以上のRHIOが設立されたが、その大多数は財政的に存続できないでいる。医療情報共有のための明確な国家基準がないという現状において、RHIOのシステム相互運用を成し遂げるのは困難である。

各医療機関のEHRで収集された情報を地域で共有するRHIOだが、その苦境については以前も取り上げた。 最大の問題は「参加病院側がデータ共有事業に価値を認めない」ということであり、参加病院側に魅力的なベネフィットを提示できなかったことが痛かった。

ITIFのシニア・アナリストであるダニエル・カストロ氏は、さらにEHRの現状について次のように述べている。

ITはイノベーションと経済成長の主要ドライバーであり、それによって医療を変革し、そのクオリティを改善することができるだろうが、IT導入途上には、まだあまりにもたくさんの障害がありすぎる。医師たちは情報投資する前にEHR基準を待っているのだ。医療IT化による利益の大部分は、医療機関以外の関係者のものになるのだから、医療機関に長期的なEHR投資を奨める説得力のある価値提案というものが存在しないのだ。

また、プライバシー問題がさらにIT導入を阻害していると付け加えている。同レポートは連邦議会に対し、医療IT化促進を助けるために、次の諸点を速やかに施策実行することを提言している。

  • EHRと全国医療情報基準の利用促進法案を可決する
  • 医療記録データバンク(health record data banks)の法的枠組みを整備する
  • 医療記録データバンクへのアクセスを保証するために連邦資源を有効活用する
  • (患者の)要求に基づくPHI(Patient Health Information)の電子的ディスクロージャーを医療機関に命じる

最近、上記にも見える「医療記録データバンク」という言葉がしばしば使われるようになってきた。これはまだ明確に定義されたものではないが、どうやらEHRやPHRを包含する概念のようだ。実は、この「医療記録データバンクの法的枠組み整備」へ向けた法案化は、すでに着手されているのだが、ある意味では、HealthVaultのようなPHIプラットフォームにも網をかける存在になるかもしれない。

一方、ブッシュ政権はNHINプロジェクトの進捗状況に危機感を隠さず、主管部門であったHHS(米国保健社会福祉省)の取り組み方にさえ不満を漏らし、医療IT基準開発の主幹部門をNIST(米国標準技術局:National Institute of Standards and Technology)とする法案(H.R.2406)を成立させてしまった。

「ITで医療クオリティを改善し、コストを下げる」というシナリオが、この間、米国政府をはじめ医療界のコンセンサスであった。これはまた、非常に説得力のある医療改革シナリオでもあった。だが、いまだ誰もこれを否定したり批判したりする者はいないとはいえ、現実は徐々にこのシナリオを裏切り、今やNHINという「約束の地」への道筋はまったく視界不良となっているのだ。

Photo:by emdot, http://www.flickr.com/photos/emdot/73257387/

Source:
・ “RHIOs aren’t working, new report says” by Diana Manos, Healthcare IT News,Senior Editor, 11/05/07
・”Senate Health IT Bill Draws Mixed Reviews From Industry, Patient Groups”,iHealthBeat,by Colleen Egan, iHealthBeat Editor, November 05, 2007

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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