HealthVaultの「四つの誤解」

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マイクロソフトHealthVaultが先月発表されてからおよそ一ヶ月。さまざまな議論がウェブ上で繰り広げられているが、どちらかと言えば、HealthVault自体よりもマイクロソフト社に対する反感に由来する拒否反応が多いようにも見える。上のマンガはHealthVaultを皮肉ったものだが、ここでもHealthVault自体よりもマイクロソフト社に対する風刺がメインとなっている。マイクロソフト社の企業イメージによって、ずいぶん損をしているとすれば、HealthVaultにとっては不幸な事態と言えるだろう。

だが、HealthVaultを冷静に論評しようというブロガーも少なからず存在する。「e-CareManagement Blog」のVince Kuraitis氏は以前、GoogleHealth予想エントリーで有名になり当ブログでも紹介したが、先日HealthVaultについての鋭い考察を発表した。氏によれば、HealthVaultは正当に評価されておらず、むしろ誤解されていると言う。

大きく4つに類別されるHealthVaultに対する誤解を分析しながら、HealthVaultが提起している問題は、実は「PHI(Personal Health Information)エコシステム」であると氏は述べている。

誤解1:Health VaultはPHR(Personal Health Record)である
真実:HealthVaultはPHRではない。それはPHI(Personal Health Information)のプラットフォームである。

HealthVaultはPHRの能力を持っていない。HealthVaultはデータをオーガナイズしない。それはデータを管理しない。それはデータを検証しない。それはデータを分析しない。それは患者にデータの意味や予想結果をアドバイスしない。

最初にHealthVaultの発表を聞いた時、当方も反射的に「これはPHRだ」と思い込んでしまったが、上記Vince Kuraitis氏の指摘を読むと、早合点であったことを恥じ入る次第である。もともとHealthVaultの「Vault」は「保管室、貯蔵所」という意味を持つ。「名は体を表す」と言うが、まさにマイクロソフトはこのサービスにまず単純に「医療データの保管室」という意味を持たせたのである。

ではなぜマイクロソフトはPHRを作らなかったのか?。われわれはその理由のいくつかが、次の「誤解」の中に現われているのではないかと疑っている。

誤解2:人々はマイクロソフトを信用していないので、彼らはHealthVaultにサインアップしないだろう。

真実)人々はマイクロソフトのアプリケーション・パートナーを信用しており、これは人々がHealthVaultにサインアップすることを促進する。

またVince Kuraitis氏は、人々がHealthVaultにサインアップへ至る想定シナリオをいくつか検討したのち、次のように述べている。

「むしろHealthVaultを利用する意思決定は、HealthVaultのアプリケーション・パートナーによってもたらされるのだろう。あなたはアプリケーション(PHR、ディジーズ・マネジメント・プログラム、フィットネス・プログラム、減量プログラム等)の中の一つを使いたいから(HealthVaultを利用する)意思決定をすることになるだろう」。

HealthVaultは、現在40社近いパートナー企業・団体から提供されるアプリケーションのプラットフォームである。ユーザーから見るとアプリケーションが問題であり、そのアプリケーションが動くプラットフォームとしてのHealthVaultの存在は、おそらく二の次になるかもしれない。その際のユーザー側の「信用」問題も、パートナー企業・団体(医療保険会社、病院、ソフトベンダー企業など)に対する「信用」問題であり、直接マイクロソフト社に対する「信用」やイメージの問題ではなくなるのだ。

このようにマイクロソフト社は、ユーザーの前面にパートナー企業・団体を出すことによって、自社ブランドに由来するマイナス効果を巧みに回避しているのである。これはプライバシー問題についても言える。先のエントリーでHealthVaultのプライバシー問題について報告したが、この問題においてもマイクロソフト社は、患者プライバシー団体をパートナーとして前面に出すことによって、直接矢面に立つ必要がないのである。だがパートナーを「緩衝材」として利用するという戦略上の問題よりも、重要なのはマイクロソフトがHealthVaultを中心とする諸パートナー企業・団体の集合的な経済圏(エコシステム)を構築しようとしている点である。

誤解3:患者はPHRを理解しておらず、それを求めていない。そしてそれで何ができるかを知らない。HealthVaultとそのパートナーにとって、市場成長は律速段階にある。

真実)長期間にわたる患者の関与が望ましいが、患者関与に依存しないたくさんのPHIアプリケーションが存在する。鍵は患者のパーミションであり、エンゲージメントではない。

PHRは患者サイドの「深いエンゲージメント」を要求するかもしれないが、これはPHRが成長する際のボトルネックであると想定される。患者・生活者が自己の健康管理に自発的に関与することは素晴らしいことであるが、この場合の「主体性」を支えるモチベーションを創造することは簡単なことではない。

だが、Vince Kuraitis氏は多様なアプリケーションが存在することによって、「深いエンゲージメント」は必要なくなり、データ保管や代行操作にたいするユーザーのパーミションだけが必要になるとしている。またこのことによって、HealthVaultエコシステムの成長を早めることが期待されているのだ。

誤解4:HealthVaultを最初にローンチすることによって、マイクロソフトはGoogleを打ち負かした。

真実)マイクロソフト対Googleが問題なのではない。新しいPHI(Personal Health Information)のエコシステムを創造するコラボレーションが問題なのだ。

もはや「HealthVault対GoogleHealth」というような、個別サービス同士の競争は問題にならないとVince Kuraitis氏は主張する。たしかにHealthVaultも、それ自身単独で存在できるものではなく、多数のパートナーを味方につけ、HealthVault経済圏(エコシステム)を創造することによって存続が可能となるのである。GoogleHealthが今後どのようなビジネスモデルを採用するかはわからないが、いずれにせよ今後HealthVault経済圏とのPHI互換性が必要になるのは間違いなく、言ってみればHealthVault経済圏をも含む「PHI経済圏」というものを共同で構想していくことになるはずだ。

われわれは、ひょっとすると「単独で存在するウェブ医療情報サービス」という概念を、もはや「歴史のクズ籠」に捨ててしまわねばならないところまで来ているのかも知れない。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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