HealthVaultをめぐる議論の嵐

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今月4日、マイクロソフト社から発表され大きな話題となったHealthVault。発表当初のセンセーショナルな興奮は早くも沈静化したが、その後、様々な方面から議論が起きている。

まず、あらためて「HealthVaultとは何か?」ということであるが、これに関し「HealthVaultはPHRではなく、むしろ医療情報プラットフォームというべきではないか」という意見が出されている。たしかにHealthVaultはPHRやEHRをはじめ、外部リソースから個人医療情報をアグリゲートする点が重視されており、そのために外部パートナーとの連携が強調されている。「PHRのプラットフォーム」ということでは、インテル、ウォルマート、ブリティッシュ・ペトロリアムらのコンソーシアムが進めているDOSSIAプロジェクトのことが思い起こされるが、DOSSIAと競合する位置にあるのかもしれない。

次にプライバシー保護の観点から疑問や批判が噴出している。これらの議論を見ていると、はからずもHealthVaultが従来医療制度の問題点をさまざまに照射している点が興味深いのである。まず従来のHIPAA法(Health Insurance Portability and Accountability Act)による規制との兼ね合いであるが、どうやらHealthVaultはHIPAAの適用除外となるらしい。これはHIPAAが制定された1996年時点では、今回のHealthVaultやPHRのようなウェブベースのアプリケーションサービスの登場が想定されていなかったためである。その意味で現行HIPAAの限界が露呈したわけだが、一方ではHIPAAをはじめ現行法規が適用されないことが懸念や不安を呼んでいることも事実なのである。

また今回のHealthVaultローンチに際し、患者プライバシー権利協会がマイクロソフトのパートナーとして重要な役割を演じているのだが、これに対する疑念も多く表明されている。患者プライバシー権利協会のデボラ・ピール会長はHealthVaultについて次のように述べている。

「マイクロソフトは、患者プライバシー連合が2007年に制定したすべてのプライバシー理念に従うことに同意している。契約上それらに従うのみならず、またこれらの理念に基づき検証も実施される。率直に言って、彼らは驚くほど高いバーを設定したとわれわれは考えている。彼らがなしつつあることは真にベストプラクティスであり、すべての医療産業が従うべきものであるとわれわれは考えている」。

これに対し、マイクロソフトがHealthVaultサイトで表明しているプライバシー・ポリシーと、権利協会はじめプライバシー諸団体が策定したプライバシー理念2007年版とを比較対照し、その両者表記の矛盾を指摘したものなどもブロゴスフィアで話題となっている。

いずれにせよ、HealthVaultを特徴づけるものは多くの医療関連諸団体とのパートナーシップであるが、当然ながら関係者が多くなれば多くなるほどプライバシー処理は複雑化せざるを得ない。これらプライバシー保護に対する懸念を払拭する困難が、今後も付きまとうことは避けられそうもない。

そして伝統的医療界と、EHRを推進してきたベンダー業界からも批判は起きてきている。まず伝統的医療界からは、患者プライバシー権利協会などが主張する患者による医療情報コントロール権強化に対し、「特定の病歴などの医療情報が、患者によって医師に公開されない可能性があり、誤った診断や治療に繋がる」というものである。またEHRベンダー陣営からは、「PHR主導型で医療ITを推進するという考え方は、馬の前に荷車を付けるような発想だ」と、EHRとPHRの順序関係を間違えているという批判が出てきている。

これらの批判はHealthVaultのみならず、ウェブを軸とする新しい情報環境の創発と、それにともなう医療変革の胎動に対するエスタブリッシュメントからの反発であり、さらにまた反撃の前兆であるのかも知れない。

このようにHealthVaultの出帆は決して順風満帆ではなかった。前途には暗雲立ち込める波乱も予想されるが、だがこれは先頭ランナーの宿命としてやむをえないのだろう。むしろ、HealthVaultと従来の医療をめぐる制度やプレイヤーとの火花散る摩擦から、われわれは現状の医療とそれを取り巻く環境の足りないところを学び取ることができるのではないか。だがHealthVault自体が、まださまざまな不備を残していることも事実である。

継続してHealthVaultを注視していきたい。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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