米国医療ITベンダーがEHR無料提供を開始

remedymd

米国ブッシュ政権はNHIN(National Healthcare Information Network)計画の目標必達年次を2012年とアナウンスしているものの、相当の遅れが目立ち、レビット長官はじめHHS(保健社会福祉省)首脳部にも焦りの色は濃い。このNHINは、EHR、RHIO、NHINという三層レイヤーになっているが、まず医療現場のEHR導入が遅々として進まない。全米のEHR導入率はまだ15%にすぎない。

このような中、とりわけ中小ベンダーが状況打破のための挑戦を開始している。まず今年の春先に、Practice Fusion社がGoogleと提携し、広告ベースで無料EMRの提供を開始し話題となった。そして今月9月から、ユタ州に本拠を置く中堅医療ITベンダーのRemedyMD社無料EHRの提供を発表した。

RemedyMD社は、主として外来診療用のEHRシステムと医療業務管理ソフトを無償で医療機関に提供する一方、予測情報分析ツール、システムサポート、特別レポートそして分析などについては従来通り課金する予定。

「これはより良いアウトカムを得るための、より良いデータ収集に対する経済的インセンティブを提供する一つの取り組みだ。EHRシステムを使ってデータを収集する診療行為が増え、そのデータパターンを認識する技術を使えば、予防措置は飛躍的に強化されるだろう」とRemedyMD社のマイケル・マローン社長は述べている。

もともとRemedyMD社の強みはデータの予測分析技術にあり、この企業から見ればEHRはデータ収集ツールにすぎない。そこでEHRを無料にして予測分析のためのデータ収集量を増やし、本来の予測分析業務拡大につなげるという戦略なのである。

だがこの無料EHR供与戦略に対し、医療やIT関係者からは批判が強い。医療IT促進に取り組むNPO団体「eHealth Initiative」のジャネット・マーチブローダ会長は、「医師が従来からの紙のデータ記録に執着しているのは、さまざまな理由があるからだ。(無料提供すればEHR導入が進むという考え方は)拡大解釈の一つにすぎない。」と言う。

「無料ソフトは医師や病院側の(EHR導入)イニシャルコストを下げるだろう。だが他の障害を解決しない。電子医療記録システムが導入されたら、医師は自分たちの業務フローを変えなければならないのだ。だが、医師はまた、業務フロー変革をしても自分たちに対する支払が増えないことも知っている。この無料EHR提供は正しい方向へのワンステップだろう。だが、一社だけではEHR導入遅延化を解決できないだろう。」とマーチブローダ会長は指摘する。

このマーチブローダ会長の言を読みながら思ったのは、かつて80年代後半から90年代初頭にかけて、日本の産業社会で叫ばれた「OA化による生産性のアップ」という懐かしいフレーズである。

当時のOA導入初期段階でどこの企業でも問題になったのが、OA機器やシステムの導入と従来ワークフローの変革が一体化されず、結局、従来通りのワークフローの踏襲によって、OA化の「効率化、合理化」の果実を収穫できないということだった。機械を導入するのは簡単だが、人間が慣れ親しんだ「仕事の手順」を変えるのは非常に難しいということが、あのOA化の教訓であった。

だが一般企業の場合トップダウンの仕組みがあり、「えい!やあ!」と、ある日一斉に従来業務フローを業務命令で強制的に変えることは可能だ。もちろん現場でブツクサ言う声は残るが、これも「業務命令であればいたしかたない」との諦観が不満に勝るのである。

では医療機関はどうか?。たぶん一般企業のようにはいかないだろう。はたして一般企業のような強力な業務上の内部ガバナンスは、医療機関内部に存在するだろうか?。たとえば事務方が設計し標準化した新しい業務フローを、医師や看護師は従来フローに代えて採用するであろうか?。このあたりに医療現場のIT化の難しさの問題があるような気がする。

かつてのOA化と同じく、医療現場のIT化も機器やシステムの問題ではなく、ヒューマンファクターと組織が問題なのだろう。

Source:
The Wall Street Jounal,Health Blog,Aug 28,2007
Healthcere IT News,Aug 30,2007

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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