患者コーパスとドキュメント・リサーチ

このところ厳しい寒さが続いていたが、今日は春を思わせる暖かい一日であった。新宿御苑の梅も開花し始めた。明日から三月である。

患者コーパス

昨日、TOBYO収録サイト数は4万件に到達した。TOBYOは闘病ユニバースの成長と歩調を合わせて成長してきている。貴重な体験ドキュメントを公開してくれた、すべての闘病者の方々に感謝の気持ちでいっぱいである。このように多数の闘病体験が、まとまったドキュメントとして公開されているのはおそらく日本語ウェブ圏だけだろう。

TOBYOは4万サイト、500万ページの闘病ドキュメント・データベースであるが、前回エントリでも述べたように、今後は蓄積された大量のデータからいかに「患者の声にもとづく医療評価」を切り出すかが新たなテーマとなってくる。そのための新たなミッションを「患者言語研究」と呼んでみた。もちろん、従来から私たちがテーマとしていた「患者が体験した事実の可視化」は引き続き追求しなければならないが、患者が医療を語る場合に、どのような言葉を使用しているかを広くリサーチしなければならないと考えている。つまりTOBYOは闘病体験ドキュメント・データベースであると同時に、「患者コーパス」という側面も併せ持っていることを、最近、強く意識し始めている。(注:コーパス(corpus:Wikipedia) 続きを読む

患者言語研究事始

最初の選択

私たちのTOBYOプロジェクトは、ネット上にすでに公開されている闘病ドキュメントに着目するところからスタートした。闘病ドキュメントを集める方法としては、患者コミュニティを作り、そこで闘病記を書いてもらうというのがむしろ一般的だろうが、私たちはそうではなく、「すでにネット上に存在するドキュメント」を活かす方法はないかと考えたのである。当然、「これからコミュニティを作り、ユーザーを集め、書いてくれるのを待つ」よりも、「もう既に書かれて公開されているものを集める」ほうが確実でしかも早い。つまり最初の段階で、私たちは「コミュニティを作る」という発想を捨て去り、もっとも容易でシンプルな方法を選択したことになる。経営リソースの乏しいベンチャー企業にとって、「あれも、これも」という贅沢な選択をする余裕はない。「あれか、これか」と取捨選択を徹底し、自分たちの在り様をできるだけシンプルでスリムにしておくことが求められるのだ。

その結果として、TOBYOプロジェクトは4万件の収録サイト数達成を目前にしている。これはおよそ5万件と推定される闘病ユニバースの8割をカバーする規模であり、TOBYOは文字通りネット上の最大の闘病ドキュメント・ライブラリーに成長することができた。今後も規模の拡大を継続し、初期のミッション「ネット上のすべての闘病ドキュメントを可視化し、検索可能にする」を遂行することにかわりはないが、プロジェクトはさらに新たなミッションを帯びた新規の活動段階に来ていると考えている。それは4万サイトに蓄積された500万ページのデータを読み取り、そこに隠された意味を探索し、そこから患者の感情と一般意志を抽出し理解することである。

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今月から始まる新しい活動


もう二月である。早い。うかうかしてしていると、どんどん時間がたってしまうが、今月から始まる当方の新しい活動についてお知らせしたい。まず、上の写真をご覧いただいておわかりのように、今度、Yahoo Japanさんからお声をかけてもらい、「YahooNews個人」のオーサーとして、今月から記事を投稿することになった。

個人ページ「ウェブ医療レビュー」も作っていただいたが、自分の顔写真を人様にさらすのは恥ずかしいものだ。ページが出来上がってみると「好々爺」然として、今さらながら歳を自覚した次第。「温厚な爺さん」というキャラクターがにじみ出ている。とにかく当ブログ同様、今後はこっちの方ものぞきに来ていただきたい。よろしくお願いします。

「ウェブ医療レビュー」には世界の新しいウェブ医療サービスの動向を取り上げ、こっちの「TOBYO開発ブログ」はTOBYOプロジェクトや医療以外のテーマを中心に、というような分担を考えているがさてどうなるか。とりあえず「ウェブ医療レビュー」はHealth2.0の総括からスタートした。これは、ここ数年の私の仕事のベースとなったテーマだったわけだが、そろそろこの辺で「Health2.0とは何であったか?」と総括してしまい、先へ進んでいきたい。

「先へ進む」ということでは、dimensionsのカスタム出力で、テキストマイニングを実行する環境がようやく整ってきている。これまでいろいろ当方なりに思うところもあり、あえてマイニング技術を封印してきたのだが、ソーシャル・リスニングをもっと活用するためには不可欠であると判断した。今月にはその成果をご覧いただけるのではないかと思う。

またTOBYO_APIまわりでも、各方面での運用をお願いしており、今月から稼働していただく予定の案件もある。

「すべての医療情報から患者の声が聞こえるように」を実現すべく、全力を尽くす2月である。

三宅 啓  INITIATIVE INC.

メディアを持った闘病者

TOBYOの収録サイト数は現在4万件に近づいている。最初、TOBYOを立ち上げる時点で、私たちはネット上に公開されている闘病ドキュメント(いわゆる闘病記)の数をおよそ3万件と推定した。すでにTOBYOはその数を越えているのだが、今の時点で少なくとも5万サイトがネット上に闘病ドキュメントを公開しているものと思われる。「ネット上のすべての闘病ドキュメントを可視化し検索可能にする」というのがTOBYOプロジェクトのミッションであるが、少しづつその達成が見えてきている。

TOBYOプロジェクトは、闘病ドキュメントを公開している個人サイトやブログからなるネット空間を「闘病ユニバース」と名付け、これを自生的に進化している一種の「自律、分散、協調」型ネットワーク、あるいは開放型仮想コミュニティとみなし、自らをその情報インフラとして位置づけてきたのである。

以前、コミュニティ・リサーチを取り上げた際に、人為的にコミュニティを起動することの難しさとそこに付きまとうバイアスの存在を指摘したが、闘病ユニバースのような自然発生的なコミュニティはこれら問題とは無縁である。まず、コミュニティ自体が自然発生的に成立し、すでに動いている。そして闘病ユニバースを構成する各人は、あくまでみずからの自発性のみに依拠し、各人なりの自由な方法とスタイルでこの仮想コミュニティに「参加」しているからだ。闘病者は、ただ好きなホスティング・サービスやオープンソースCMSを利用して、おもいおもいにブログを書き始めるだけでこの闘病ユニバースに「参加」することができる。否、特に「参加」という意識さえ持つ必要もないのだ。

このブログでは、繰り返しこの闘病ユニバースについて言及してきたのだが、やがて時間がたち、ネットのありようは大きく変わってきている。とりわけTwitterとFacebookの爆発的な普及は、従来の開放的なネットにおける自由なユーザーの活動を、特定のクローズド・サービスへ囲い込むような状況を作り出している。TwitterにせよFacebookにせよ、本来それらは特定のサービス企業が作り出したプライベートな空間であるが、「ソーシャルメディア」との呼称が示すように、それらはあたかもパブリックな空間であるかのように立ち現われている。そして、これら「ソーシャルメディア」の台頭にともなって、パブリックスフィア(公共圏)としてのネットの存在価値はますます忘却されるかのごとくである。

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WebMDの苦闘から考えたこと

年の初めにいきなり不景気な話で申し訳ないが、昨年末、米国の医療ポータルWebMDが従業員250人のレイオフを発表した。これは全従業員1400人の約14%にあたる。WebMDと言えば1996年設立以来、ずっと米国トップ医療ポータルの座を維持してきたが、とうとう2011年、EverydayHealthにその座を明け渡している。これはRevolutionHealth買収(2008年)を布石とするEverydayHealthのWebMD追撃戦略(「競争激化する米国医療ポータル市場」参照)が、三年たってようやく実を結んだものと言えるだろう。

最近の両社のトラフィック状況を見ると、月間ユニーク・ビジター数でEverydayHealthが2,200万人、WebMDが2,000万人程度である。WebMDはEvrydayHealthの後塵を拝しているのだが、昨年2012年を通じて、ユニーク・ビジター数もページ・ビュー数も伸ばしてはいる。それでもリストラに至ったのは、製薬業界からの広告をはじめとする収入が激減したためである。米国製薬会社のDTC(Direct To Consumer)広告予算は2006年をピークとして下降する一方であり、さらに追い打ちをかけるかのように、ファイザーのリピトール(Lipitor: 血中コレステロール降下剤)をはじめ製薬各社の薬品特許切れが相次ぎ、「まるでタオルを投げるように」(米国製薬業界関係者の弁)マーケティング活動から撤退が始まったといわれている。

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