なぜ、レガシー調査の調査結果は退屈なのか?

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新宿御苑を散策すると、秋はまだあちこちに残っていた。冬枯れのきざしと秋の名残の深い紅葉が交じり合い、小春日和の中で微妙なハーモニーを奏でていた。歩く影は、ますます長い。

先のエントリで、レガシー調査が回答者に「退屈」を強いるものであることに触れた。そしてその退屈さは、回答者だけが回答プロセスにおいて感じるものではない。それよりも一層深刻なことは、調査結果がそれに輪をかけて退屈であるということだ。「わかりきったこと」をわざわざ調査結果として言い立てることの退屈さと虚しさは、「調査というものはそんなものだ」という諦めにも似たつぶやきによって、なんとか無理やり我慢をしなければならないものであった。

調査結果に、何も新しい知見も驚きも発見もないとしたら、一体、その調査をやる意味とはなんだろう?最初からわかりきったこと、誰もが常識的に予測できたことを、なぜあらためて調査する必要があろうか?

それに対し、「わかりきったことでも、それを調査で検証し確認することに意味がある」というのが従来の決まり文句であり、これはまことに重宝なフレーズであったので、当方などもよく利用したものだ。だが、これもよく考えてみると変な話である。わかりきったことを検証するのはタダではない。時間も費用もかかる。要するに、それらコストを負担してまで「わかりきったこと」を検証することが果たして必要かどうか、ということの検証が欠落しているからだ。 続きを読む

マーケティング・リサーチの新展開

Gyoen_Cafe

今月でこのブログは開設してから5年になる。大まかに言ってそのほとんどは、ウェブ闘病ドキュメントの考察を含むTOBYOプロジェクトの思考実験、そしてHealth2.0ムーブメントの動向についての考察に費やしてきたと思う。だが、今年に入っていささかその様相は違ってきている。今年はエントリ数自体が減ってしまったが、以前とは違い、新たにリサーチ・イノベーションについての考察が加わった。

もっぱらTOBYOとHealth2.0ばかりに関心が向いているうちに、マーケティング・リサーチなど社会調査の分野で、ここ数年、非常に大きな変化が起きていたのである。前のエントリで紹介した最近のESOMARなど国際会議では、「デジタル・リサーチ・ルネッサンス」とか「マーケティング・リサーチにとって100年に一度あるかないかの大変革期」とか、非常に高揚感を伴った言葉が踊っている。それらコンファレンスのレポートや関係ブログなどを読むと、あの2005年頃のWeb2.0ムーブメントと同様の熱を帯びた興奮が、最近のマーケティングとマーケティング・リサーチの分野で巻き起こっていることがわかる。

だが、日本は静かだ。異様に静かだ。日本のマーケティングやリサーチは、世界から5年は遅れていると言う人もいる。ソーシャル・リスニングやMROCなどの話題を出しても、従来のレガシー・マーケティング関係者はほとんど関心を示さないばかりか、逆に従来の古色蒼然としたサンプリング理論をはじめ統計理論を振り回し、最早、前世紀で賞味期限切れの反論を試みるばかりだ。 続きを読む

患者との共創(Co-Creation)による医療変革

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去る10月、米国マイアミで開催されたマーケティング・リサーチの国際会議”ESOMAR 3D Digital Dimensions 2011“において”Co-Creation Research”と題されたワークショップが持たれた。そのキャプションには「消費者を新製品と新サービス開発の共創者(Co-Creators)として理解しよう」というフレーズが掲げられていた。

マーケティング・リサーチは、今、大きな変革期を迎えている。この”ESOMAR 3D”の3Dとは「オンライン、ソーシャルメディア、モバイル」の三つの次元を指しているのだが、リサーチの主たるステージがこれら次元へ移ったというだけではなく、これまで主たる調査対象者であった消費者に対する見方自体も変わってきている。受動的に製品とサービスを受け取る、単なる調査対象とか被験者というものから、一緒にアイデアを生み出し、製品とサービスを共に創造するパートナーへと消費者観は一変したのである。

これら既存のマーケティング概念の劇的な変化を見ていると、同じことが、いずれ遠からず医療にも生起するだろうと思わずにはいられない。いや、医療においてこれら変化を積極的に起こさなければならないのだ。

患者を医療の共創パートナーにすること。

このことが必要なのだ。医療関連の製品とサービスの開発において、これからは「患者との共創」というスタイルが増えてくるだろう。私たちが開発した「患者のホンネを傾聴する患者体験データベース “dimensions”」も、このような文脈において意味と価値を持つものだ。

三宅 啓  INITIATIVE INC.

12月の想い

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もう12月。早い。いきなり、真冬到来。寒い。壁のピカソのカレンダー、もうあと残すところ一枚。

1年を振り返るのはまだ早いが、やはり当方は「dimensionsで明け、dimensionsで暮れた」ということになるだろうか。思わぬ障害があれやこれやと立ちはだかったが、とにかく辛抱強く、一つひとつ乗り越えてきた。処理スピード、データの精度、バグフィックス等々・・・。夏場のサービスイン後も奮闘は続き、やっと完成度が期待値に来たのは、この秋も深まってからかも知れない。これまで誰もやってないことをやろうというのだから、しかたないと言えばしかたないが。それでも、ここまで徹底的にやってきて満足している。試行錯誤の中でノウハウと経験も蓄積できた。

そしてこれを土台として、「患者サマリー」と「患者視点の医薬品評価」を新たにサービス・メニューに加えることになる。最近の闘病ユニバースを見ていると、従来にも増して、闘病サイトの出現件数は大幅に増えてきている。これまで「闘病ユニバースは約3万サイト」と高を括っていたが、見くびっていたと思う。「大きな病気をしたら、ブログで体験を公開し共有するのが得策」という考え方が広く浸透しているような気配がある。これらの患者の生声を関係者へ届け、傾聴してもらうことの重要性をあらためて認識している。

私たちの事業は、この道を脇目もふらず、ひたすら直進するのみだ。 続きを読む

リスニング・リサーチの時代へ

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リスニング・リサーチの決定版教科書とも言うべきステファン・ラパポートの“Listen First !”だが、やっと日本語訳の来年三月出版が決まったようだ。まだまだ日本では「リスニング」ということの認知が低いが、来年からこの本をはじめとして広く知られるようになるだろう。

というか当方など、この夏からあちこちでいわばリスニングの啓蒙プレゼンをやっているようなものだが、この「リスニング」という言葉に対する反応は、意外感はあっても納得感にはまだ遠いというのが現状だ。どうやらレガシー調査のフレーミングを脱するには、今少し時間がかかりそうだ。

dimensionsは日本で初の患者の生声を傾聴するためのリスニング・プラットフォームであるが、プラットフォームと呼ぶにはまだその最小限の機能を実装したにとどまる。むしろ現状は「患者体験のデータベース」と言う方が近いだろう。データベースだからとにかく全文検索機能がなければ話にならない。dimensionsはこれに医療分野キイワードごとのデータリスト出力機能を備えている。 続きを読む