「ペイヤーサイドのEHR」の考察

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今月、米国ミシシッピー州は、ウェブベースのEHR(Electric Health Records)を無料で医師に提供すると発表した。このEHRの目的は、ミシシッピー州在住60万人のメディケイド(低所得者向け公的医療保険)加入者へのサービス向上にあり、加入者の検査データ、投薬、予防接種、アレルギー等についてのデータを集約している。さらに電子処方箋、退院情報へのアクセス、ケアの空隙を特定するための支援ツールなどアプリケーションも提供する。このEHRは基本的にはメディケイドが持っている医療データを集約し、医療現場に無料で提供するものであるが、メディケイド以外の関係機関が保有するデータも集める必要があり、そのためにHIE(health information exchange)ソフトウェアをShared Health社から調達している。

このケースを読んでいろいろ考えさせられたのだが、一言で言うと、これは「ペイヤー(保険者)サイドのEHR」である。従来、EHRと言えば「医療機関のEMRを広域で集約したもの」というふうに、あくまでも医療機関を起点として考えられてきた。だが、個人の医療情報は保険者側の手元にも大量に集まっており、これをDB化すればたちどころに医療機関を横断するEHRになるわけである。そしてこれをウェブベースで運用すれば、医療機関の枠にとらわれずに、患者個人の医療情報をいつでも一か所に集約できるわけだ。なおかつ、医療機関側ではシステム設置コストも運用コストもかからない。ただ医療機関側のEMRとのスムースな情報交換だけが問題になるが、これもHIEを使用すれば解決するわけだ。つまりこのミシシッピー州のケースは、EHRなど医療情報システムのありかたについて、医療機関以外の多様なプレイヤーの多様なイニシアティブによっても、多様に成立することを示している。

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CISCOの遠隔医療システム


先日、Salesforce.comがEHR市場参入を発表し話題になったが、相変わらずIT企業の医療市場参入意欲は高い。CISCOも以前から医療への取り組みをしてきたが、どうやら遠隔医療(Telemedicine)分野へ焦点を合わせているようだ。一口に遠隔医療といっても実は多様な展開が考えられる。それを大ざっぱに整理してみると、次の三領域になるだろう。

  1. 在宅遠隔医療サービス
  2. 拠点型遠隔医療サービス
  3. 海外遠隔医療サービス

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PHR市場でMicrosoftに後れを取るGoogle

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“CLEAR! Shocking Google Health Back to Life”,Scott Shreeve,MD)

米国PHR市場における主要プレイヤーは、一昨年の秋に登場したマイクロソフト社のHealth Vault、昨年春から起動したGoogle Health、そしてインテルやウォルマートなどのDOSSIAの三者だが、実質的にはHealth VaultとGoogle Healthの戦いになると見られていた。ところが最近、Health Vaultの競争優位が次第に明らかになってきている。同時に、特にGoogle Health開発のスローペースぶりに対して、Health2.0コミュニティから苛立ちにも似た批判が巻き起こってきている。批判は「Googleは本気で医療ITに取り組む決意を持っているのか?」から「Googleは出直せ!」に至るまで、主としてGoogle経営陣に向けられてきている。

Health2.0コミュニティきっての論客スコット・シュリーブ氏は、上記のような両者の比較対照表をブログで公開している。これを見ても、プロジェクトに従事する従業員数で実に100倍、提携組織数で10倍など、両者の間に徐々に圧倒的な差がつきつつあることがわかる。

このままHealth Vaultの独走を許せば、米国PHR市場は健全なコンペティター不在のままマイクロソフト社に独占される可能性があり、そのことは結果としてPHRの進化を遅らせ、市場の成長さえ阻害しかねない。

三宅 啓  INITIATIVE INC.

患者体験調査による病院レーティング: ConsumerReportsHealth.org

ConsumerReportsHealth

今週月曜日(8月3日)から、消費者商品評価団体ConsumerReportsは全米病院のレーティングサービス を開始した。この病院レーティングは、米国政府が実施している「患者体験に基づく病院評価調査プロジェクト=HCAHPS(the Hospital Consumer Assessment of Healthcare Providers and Systems)」のデータを利用し、消費者にわかりやすい形で提供しようというものだ。全米約3700病院で、約100万人の患者が入院中に実際に体験した結果を、以下に見るHCAHPSの「8つの評価指標」について集計分析している。

  • 医師や看護師とのコミュニケーション
  • ペインコントロール
  • どの程度の頻度で、必要な時の呼び出しに対応されたか
  • 病室の清潔さと静かさ
  • 新薬についての情報
  • 退院時の説明
  • その病院を家族や友人に推薦するかどうか
  • 総合的な入院体験評価

HCAHPSとは懐かしい!。数年前、当方は医療評価事業を構想しており、当時このHCAHPSや英国CHI、またこれらのルーツであったピッカーメソッドを徹底的に研究していたことがあった。HCAHPSは、当時のブッシュ政権の医療政策における目玉の一つであり、「一つの統一尺度で全米病院を患者視点で評価し、消費者の病院選択に役立てる」ことを目指す先進的なプロジェクトであった。だが「先進的」であるが故に、医療界、レガシー調査ベンダー業界などの抵抗は根強く、調査票開発などは何度も挫折を経験したのである。 続きを読む

医療情報配信のニューウェーブ

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去る6月末から、米国のトップブランド医療機関であるMayoClinic は、セリアック病 の患者に対してTwitterで最新の研究成果など情報配信を開始した。MayoClinicはこれまでもブログ、Facebook、YouTube専門チャネル などを使ってセリアック病に関するビデオやオーディオクリップを配信してきたが、セリアック病患者に対し、Twitterで一層きめ細かい情報提供活動をしていく予定。

MayoClinicでは、Twitter配信した情報に対するユーザー行動を見極め、その情報を再配信した患者ユーザーなど数名を選び出した上で、さらに詳しいセリアック病研究に関する専門情報(従来は専門家だけに配信していた情報)を配信するようだ。この専門情報については、一般公開と同時に、これら選出された患者ユーザーがブログなどで発表することを許可する。

まだ不明な点も残すが、今回のMayoClinicの新しいチャレンジは、従来の医療情報配信方法を根底的に変える可能性を孕んでいると思う。まず第一に、今回のMayoClinicのセリアック病情報配信が、ターゲティングを意識したものであることに注目したい。従来の医療情報配信は、不特定多数に対し一般的な医療情報を提供するものであり、特定の層に対する専門的な情報配信ではなかった。つまり従来の方法は多分にマスメディア的であり、ネットの特性を活かした情報配信ではないのである。それに対し、今回のMayoClinicのTwitterでの情報配信は、「セリアック病の患者」というターゲットを明確にした情報配信である。 続きを読む