「ペイヤーサイドのEHR」の考察

Lotus2009

今月、米国ミシシッピー州は、ウェブベースのEHR(Electric Health Records)を無料で医師に提供すると発表した。このEHRの目的は、ミシシッピー州在住60万人のメディケイド(低所得者向け公的医療保険)加入者へのサービス向上にあり、加入者の検査データ、投薬、予防接種、アレルギー等についてのデータを集約している。さらに電子処方箋、退院情報へのアクセス、ケアの空隙を特定するための支援ツールなどアプリケーションも提供する。このEHRは基本的にはメディケイドが持っている医療データを集約し、医療現場に無料で提供するものであるが、メディケイド以外の関係機関が保有するデータも集める必要があり、そのためにHIE(health information exchange)ソフトウェアをShared Health社から調達している。

このケースを読んでいろいろ考えさせられたのだが、一言で言うと、これは「ペイヤー(保険者)サイドのEHR」である。従来、EHRと言えば「医療機関のEMRを広域で集約したもの」というふうに、あくまでも医療機関を起点として考えられてきた。だが、個人の医療情報は保険者側の手元にも大量に集まっており、これをDB化すればたちどころに医療機関を横断するEHRになるわけである。そしてこれをウェブベースで運用すれば、医療機関の枠にとらわれずに、患者個人の医療情報をいつでも一か所に集約できるわけだ。なおかつ、医療機関側ではシステム設置コストも運用コストもかからない。ただ医療機関側のEMRとのスムースな情報交換だけが問題になるが、これもHIEを使用すれば解決するわけだ。つまりこのミシシッピー州のケースは、EHRなど医療情報システムのありかたについて、医療機関以外の多様なプレイヤーの多様なイニシアティブによっても、多様に成立することを示している。

このような動きを考えると、個別の医療現場と密接に連動した情報システムから、医療現場から独立し、複数の医療現場を束ねるようなシステムへという、大きな移行トレンドが医療情報システムで始まったような気がする。それは従来の「個別医療機関にそれぞれ単独設置されたEMR」のようなプロプライエタリで相互運用性のないコスト高のベンダー主導システムから、ウェブベースで情報共有するような低コストで自由度の高い「ソーシャルシステム」への移行である。そして、その先にはやはりPHRがあるような気がする。「個人」の手元へ、一元的にすべての個人医療情報を集約するのが効率的で正しいやりかただということが、次第に誰の目にもはっきりしてくるはずだからだ。

過渡期の今は、EMR、EHR、RHIOそしてPHRなどがてんでばらばらに並立している状態だが、やがてそれらは最終的にウェブベースのPHRへと集約され、それを各関係者が利用するようなイメージになるはずだ。先日エントリで紹介したGoogleのエリック・シュミットCEOの発言も、これらの大きな動きを指摘しているものだと思う。

<参考>“Mississippi Medicaid Offers EHRs”

(Health Data Management,HDM Breaking News, August 4, 2009)

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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