政府の「どこでもMY病院」構想とは?

dokodemo_byoin

先のエントリでマイクロソフト社のPHR「HealthVault」の国際戦略を取り上げたが、国内では去る5月11日、政府の高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)の「新たな情報通信技術戦略」において「どこでもMY病院」構想が、続いて6月22日にはその「工程表」が発表されている。

この1年を振り返ると、政権交代によってIT戦略本部の取り組み方に微妙な変化がある。昨年6月30日発表の「i-Japan 戦略 2015」(IT 戦略の今後の在り方に関する専門調査会)では「三大重点分野」を次のように提起していた。

①電子政府・電子自治体分野
②医療・健康分野
③教育・人財分野

これに対し、今回の「新たな情報通信技術戦略」における重点分野は「3つの柱と目標」として次のように変えられている。

1.国民本位の電子行政の実現
2.地域の絆の再生
3.新市場の創出と国際展開

続きを読む

マイクロソフト社PHR「Health Vault」がイギリスへ進出

HealthVault_UK

6月22日、マイクロソフト社は同社PHR「HealthVault」をイギリスで展開すると発表した。今回のHealthVault進出は、当面、英国同社サイト「MSN Wellness Center」 を通じた限定的な機能提供になるようだ。すでにHealthVaultはカナダとドイツに進出しているが、これらのケースでは戦略パートナーとしてTelus社やシーメンス社と組み、両社を通じたスームズな市場参入をマイクロソフト社はめざしてきた。PHR国際戦略における最大の難関は、各国における医療制度、医療文化の違いである。マイクロソフト社は、この難関を地元有力企業との戦略パートナーシップによって乗り越えようとしており、これは極めて理にかなった戦略と言えるだろう。

イギリスの場合も、地元企業Nuffield Healthとの提携を発表してはいるが、いささかカナダやドイツのケースとちがうのはその「提携」が多分に限定的である点だ。これはマイクロソフト社にとっての「世界最大の顧客」である英国NHS(国民健康保険)への配慮からだろうと言われている。NHSは英国国民けに無料PHRサービス「HealthSpace」を提供しており、マイクロソフト社はこれとHealthVaultが直接競合する事態を避けたかったようだ。 続きを読む

書評:「パーソナルヘルスレコード—21世紀の医療に欠けている重要なこと」

PHR_book

先日、Health2.0 Tobyo Chapterでお目にかかったNTTデータシステム科学研究所の石榑康雄さんから、石槫さんが訳出された「パーソナルヘルスレコード—21世紀の医療に欠けている重要なこと」(Holly Dara Miller他著、石榑康雄訳、篠原出版新社)をいただいた。この場を借りて献本御礼申し上げます。

目次

序文
第一章:米国医療の危機的問題解消に求められるePHR
第二章:PHRの歴史と背景
第三章:ePHR、PBHR、EMR、EHRの定義・モデル・機能
第四章:市場要因の進化が後押しするePHR需要
第五章:医師と患者とPHR
第六章:PHRアーキテクチャ
第七章:医療参加者ベースのPHRの計画と実装;実践における検討項目
第八章:PHRにかかわる法規制
第九章:PHRビジネスの持続可能モデル
第十章:おわりに

まずは、日本でようやくPHRについてのこのような基本テクストが上梓されたことを喜びたい。これまでPHRに関してまとまった日本語文献は皆無であったが、この本の登場によって体系的かつ網羅的にPHRの基本知識を得ることが可能となった。これから日本でPHRを様々に議論する際、その共通認識としてこの本が利用されることになるだろう。 続きを読む

医療プラットフォームとしてのPHR

思い返すと五年前、ティム・オライリーはあの歴史的な文書「Web 2.0:次世代ソフトウェアのデザインパターンとビジネスモデル」の中で、Web2.0の戦略ポジショニングとして次のように述べた。

 Web as platform.

Web2.0のもっともシンプルな定義ということになると、この戦略ポジショニングの他にはないだろう。そして「プラットフォームとしてのウェブ」をどのように有効に機能させるかをめぐり、その後さまざまな分野で多数のサービスが立ち上げられたと言えるだろう。

医療分野ではどうか。ながらく医療ITで語られてきたのは、EMRやEHRなど医療プロバイダー側のシステムがメインであり、「プラットフォームとしてのウェブ」を活用しようというような発想は存在しなかった。そして、ようやくPHRがGoogleHealthやHealthVaultのような具体的な姿をもって登場してから、はじめて「プラットフォームとしてのウェブ」ということを医療においても考えることができるようになったのではないだろうか。

しかし、ともすればこれまで当方もふくめ「EMR、EHR、PHR」と一緒くたに並置して見ることが多く、たとえばEHRとPHRの区別さえ不分明になりがちであった。現にヨーロッパでは、政府が構築したEHRを同時にPHRとみなしているケースが多い。だが「プラットフォームとしてのPHR」という観点から見みるならば、それらの区別は非常にはっきりしてくると思える。

また、従来の「EMR、EHR、PHR」というシステム並置は、ある意味で情報システムの発展段階を順序付けているように見える。この順に、システムが連続発展するようなイメージが暗示されているように見える。だがEMRとEHRはともかく、PHRはそのような連続性の延長にあるのではなく、まったく異質な存在として見るべきだろう。それはまずウェブ上に存在する点、そして消費者側のシステムである点で、従来の医療情報システムとは異質である。そしてそれは、EMRやEHRなどさまざまな情報経路から流入してくる個人医療データをストックし、そこからさまざまな医療サービスへ向けてフローさせるためのプラットフォームなのである。 続きを読む

政府IT戦略本部の「診療履歴データベース」構想

メディカルインサイトの鈴木さんのブログでも取り上げられたが、政府IT戦略本部が「診療履歴に基づいた適切な医療を全国のどこでも受けられるようにするためのデータベースを整備するなど、医療分野でのIT化推進」という方針を出した。

政府IT戦略本部と聞いて「まだそんなものがあったのか」との思いが強いのだが、小泉政権以来、こと医療分野のIT化促進について、この戦略本部の具体的な成果が何か思い浮かぶだろうか。ほとんど何も浮かんでこないのが実態ではないだろうか。だから今回の「診療履歴データベース」構想についても、いずれ霧散すると考えたほうがよいだろう。いまだにレセプトオンライン化さえ実現しないのだから。期待は失望の母である。

ところでこの「診療履歴データベース」とは一体何なのだろうか。フツウに考えればEHRであるが、全国レベルに統合するようなニュアンスがあるから、かつて米国ブッシュ前大統領がぶちあげたNHIN(National Healthcare Information Network)に近い気がする。ブッシュ構想では2012年までに米国のすべての医療情報をデジタル化するとのことだったが、この実現性をめぐっては悲観的な見方が一般的であった。オバマ政権もブッシュ構想を引き継いでいるようだが、「EHR-RHIO-NHIN」という三層レイヤー構造のうちRHIO(Regional Health Information Organizations)の経営が各地で破綻し、構想は一挙に視界不良となった。 続きを読む