思い返すと五年前、ティム・オライリーはあの歴史的な文書「Web 2.0:次世代ソフトウェアのデザインパターンとビジネスモデル」の中で、Web2.0の戦略ポジショニングとして次のように述べた。
Web as platform.
Web2.0のもっともシンプルな定義ということになると、この戦略ポジショニングの他にはないだろう。そして「プラットフォームとしてのウェブ」をどのように有効に機能させるかをめぐり、その後さまざまな分野で多数のサービスが立ち上げられたと言えるだろう。
医療分野ではどうか。ながらく医療ITで語られてきたのは、EMRやEHRなど医療プロバイダー側のシステムがメインであり、「プラットフォームとしてのウェブ」を活用しようというような発想は存在しなかった。そして、ようやくPHRがGoogleHealthやHealthVaultのような具体的な姿をもって登場してから、はじめて「プラットフォームとしてのウェブ」ということを医療においても考えることができるようになったのではないだろうか。
しかし、ともすればこれまで当方もふくめ「EMR、EHR、PHR」と一緒くたに並置して見ることが多く、たとえばEHRとPHRの区別さえ不分明になりがちであった。現にヨーロッパでは、政府が構築したEHRを同時にPHRとみなしているケースが多い。だが「プラットフォームとしてのPHR」という観点から見みるならば、それらの区別は非常にはっきりしてくると思える。
また、従来の「EMR、EHR、PHR」というシステム並置は、ある意味で情報システムの発展段階を順序付けているように見える。この順に、システムが連続発展するようなイメージが暗示されているように見える。だがEMRとEHRはともかく、PHRはそのような連続性の延長にあるのではなく、まったく異質な存在として見るべきだろう。それはまずウェブ上に存在する点、そして消費者側のシステムである点で、従来の医療情報システムとは異質である。そしてそれは、EMRやEHRなどさまざまな情報経路から流入してくる個人医療データをストックし、そこからさまざまな医療サービスへ向けてフローさせるためのプラットフォームなのである。
医療プラットフォームとしてのPHR。これがEMRやEHRと決定的に違うところだと思う。ところで現在、日本においてGoogleHealthやHealthVaultのようなものは、まだまったく影も形もない。また今後登場するものかどうかも疑わしい。数年前からちらほら見え隠れする「電子私書箱」構想などが、ひょっとすると日本における国営PHRになるのかもしれない。だがこれは悪いシナリオだ。
これから日本医療が「プラットフォームなき医療」を続けなければならないとすれば、それは日本の消費者にとって不幸なことだ。TOBYOのような闘病プラットフォームも、医療プラットフォーム(PHR)が存在して、より一層その利便性は高まるはずだ。他の医療サービスもそうだろう。ではなぜ、医療プラットフォームを作ろうというような議論が出てこないのだろうか。おそらく医療界やその周辺IT界には、このような発想を期待することは無理なのだろう。たしかにGoogleHealthやHealthVaultも、医療アウトサイダーの発想なのである。
三宅 啓 INITIATIVE INC.
ピンバック: Twitter Trackbacks for " » 医療プラットフォームとしてのPHR" by TOBYO開発ブログ [tobyo.jp] on Topsy.com
いつも興味深く読ませていただいています。
>EMRとEHRはともかく、PHRはそのような連続性の延長にあるのではなく、まったく異質な存在として見るべきだろう。
同感です。
私などは、症状やフェーズ、生活の中のスケジュールの問題等で、複数の診療科や医療機関と接することになるのですが、
異なった機関で診療サービスを受けたとしても、それらの連続性を確保したいと思うのですが、これらを、医療供給サイド
のEMR、EHRに期待するのは無理(というか酷)かも知れません。
医療機関などのプロバイダーサイドに期待する範囲は私がそこの医療機関と接した時にその医療機関が安全かつ、効率的に
業務を遂行できることを期待します。
私の連続した生活の中で、連続して記録を取り(記録をとる際に、EMR,EHRと接続できれば、なお嬉しい)活用するためには、
自分がハブとなり各種情報を収集し、(各人の記録を共有できれば、更に情報収集はしやすくなるかもしれません。)管理
できる仕掛けが欲しいです。
医療消費者がそれぞれ自分をハブとして使いこなせる「医療プラットフォーム」の出現を期待をしています。
Ryoさん
コメントありがとうございます。
「私の連続した生活の中で、連続して記録を取り(記録をとる際に、EMR,EHRと接続できれば、なお嬉しい)活用するためには、
自分がハブとなり各種情報を収集し、(各人の記録を共有できれば、更に情報収集はしやすくなるかもしれません。)管理
できる仕掛けが欲しいです。」
非常によくわかります。
先日、NewYorkTimesで「The Data-Driven Life」
(http://goo.gl/GEAo)という興味深い記事がありました。これからは、個人が自分の生活データや医療データを自分で数値化し、自分で管理する時代になるだろう、ということでした。
Ryoさんのコメントを読んで、この記事のことを思い出しました。