インサイト・メーカーは誰か?

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まだまだ残暑厳しい毎日。夏の疲れもでてくる時期。当方では、家人が来週から手術入院することになった。春先から調子を崩していたが、この夏、よもや想定していなかった診断を受け本人の希望どおり手術をうけることになった。

患者家族の立場から、あらためてウェブ上の医療情報のありがたみを痛感したが、一方では各種検索サービスや病院サイトなど、まだまだ利用者ニーズを十分に斟酌したサービスとは残念ながらいいがたいと感じた。ユーザーが欲しているのは、あることがらについての比較情報であるのに、探索経路・動線が直線的に設計されていて非常に使いにくい。たとえば、医療機関を横断的に比較一覧できるような仕組みが必要だと強く感じた。また病院サイトはもっとユーザーとコミュニケーションする仕組みを持つべきだろう。各病院のサイト構成はまさに十年一日で、なんの進化もない。

「利用者ニーズを十分に斟酌する」ということだが、従来のセオリーで行くと、これには有効なマーケティング・リサーチが必要だということになる。当方では昨年春頃から「リサーチ・イノベーション」というテーマに注目してきたわけだが。従来のレガシーなアンケート調査やインタビュー調査にかわり、新たにソーシャル・リスニングやMROCやコミュニティ・パネルなどが相次いで出てきて、にわかにマーケティング・リサーチ分野は従来にない活況を呈している。

当方開発の患者リスニング・プラットフォーム「dimensions」はこれらのリサーチ・イノベーションと同じ方向を向いていると考えているが、違うところをあえて挙げるとすれば、それは「リサーチャーの介在」を前提とはしていないという点だろう。端的に言うと、「調査レポート」みたいな成果物をオプション化し、サービスのコアはあくまで「インサイト・メーカー」(クライアント企業)自身が利用するツール提供に特化している点だ。 続きを読む

夏の再会

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まだまだ残暑は厳しいが、石神井公園を散歩していると秋の気配を感じるようになってきた。今年もスイカを毎日食べて「痛風知らずの夏」を過ごし、毎日美味しくビールやワインを飲めた。スイカに感謝!。

さて最近、すっかりブログを書くテンポが落ちてしまったが、また秋から徐々にテンポを上げていきたい。この秋にはブログのリニューアルをしようと考えている。前回エントリで「Health2.0の陳腐化」みたいなことを書いたが、Health2.0にフォーカスしてきたこのブログも、そろそろ視野をもっと拡大する時期に来ているだろう。医療を取り巻くイノベーションの波は、すでに「Health2.0」という古く窮屈な上着を脱ぎ捨て、先へ先へと疾走しようとしている。新しいビジョンが必要になっているのだ。

この夏、当方にとっていろいろ新しい出会いがあったが、それと同時にうれしい再会もあった。かつてTOBYOプロジェクトのパートナーとして活躍していただきながら、残念ながら当方の至らなさ故に袂を分かつ事となった株式会社メディカル・インサイトの鈴木英介さんと、およそ一年半ぶりに先月再会した。

久しぶりにお会いした鈴木さんは、以前の鈴木さんとはどこか違っているようにお見受けした。以前の鈴木さんであれば、どんな暑い夏の日でも決してスーツを離さず、おまけにネクタイまで着けていたのだが、今回お会いしてみるとノースーツ、ノータイのカジュアルな装いであったのにまず驚かされた。そして、どこか以前よりもタフで精悍な身のこなしである。「いったい、鈴木さんに何が起きたのか?」。そのわけは、この7月、鈴木さんがローンチした新しいコミュニケーション・ツール“Message Leaf”にある。 続きを読む

真夏の架空対談:Sermo総括(Health2.0を越えて)

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Sermoの謎

客) 毎日、暑いねえ。

主) 還暦の身には、今年の暑さはひとしおだ。

客) まあ、がんばって。ところで先月から、医師コミュニティSermo売却問題がずいぶん話題になったね。

主) うん。この件だが、まだすべてが明らかにされていないと思う。

客) 君は昨年から、Sermoの変調についてブログエントリをポストしていたわけだが、いつごろから気づいたのか?

主) ちょうど一年前の夏からだ。米国のHealth2.0関連サービスの現状把握をしようとデータを集めてみて、Sermoがどうもおかしいと夏頃から感じていた。だがその変調が、こんどの売却まで行き着くとは、まさか想像だにしていなかったね。とにかく今回の売却問題には謎が多い。

客) 「謎」か。それはどういうことなの。

主) 今年、年が明けて突然、ファウンダーのペールストラントがpar80のローンチを発表して驚いたわけだが、その時点ではこのプロジェクトはまだSermo内に置かれ、ペールストラントも引き続きCEOにとどまるという説明だった。

客) このpar80というのが、いまだによくわからないのだが、結局これは何なんだ?

主) それがまず第一の「謎」だ。このサイトの具体的なサービス内容はいまだに発表されておらず、しかも米国医師会に対する強烈な批判メッセージだけが掲載されている。まったく奇妙だ。意味不明なのだ。(注:現在は医療機関紹介状サービスをめざしている?) 続きを読む

医師コミュニティの競争ステージはグローバルへ

WorldOne

前回エントリは予想以上の反響をいただいた。それだけ医師コミュニティに対する関心が高いということなのか。だが、今回のSermo買収劇の背景について、実はあまり前回エントリで触れてはいなかった。あらためてそれを手短に言ってしまえば、「医師コミュニティをめぐる競争ステージは、国内からグローバルへ移動した」ということだ。

Sermoを買収したWorldOneのコーポレートサイトのトップページには、”Global Reach”とスロガーンが大きく掲出されている。まさにこのスローガンが示すとおり、WorldOneは世界の医師へのリーチ拡大施策の一環としてSermoを傘下に収めたのである。

SermoのCEOであるティム・ダベンポートもまた今回の売却理由の背景として、「クライアント企業から医師へのグローバルなリーチを求められた」と述べている。Sermo首脳部は、自分たちがたとえ国内ナンバーワンであっても、高度化するクライントの要求によって自分たちの「一国性の限界」に気づかされたということであろうが、医師SNSをはじめ医師ネットワーク・ビジネスの競争ステージは、はっきりと国内からグローバルへ移動したのである。そのことを告げる今回の「買収劇」であった。

一方、今回の買収劇とほぼ同じ時期に、日本のエムスリーは「M3登録医師、全世界で100万人を突破」と発表しているが、Sermoを傘下に収め「全世界の医師パネル170万人」を豪語するWorldOneと、今後、「Global Reach」をめぐる熾烈な競争が始まるのであろう。 続きを読む

医師コミュニティSermoの失敗に何を学ぶか


暑いさなか、海外から「SermoWorldOneに買収される」とのニュースが聞こえてきた。昨年から「Sermo、どうも元気ないな」という印象が強かったが、会員数は12万5千人まで達したものの成長は止まり、さらに月間ユニークユーザーは1万人程度まで落ち込み、ビジネスとしてはつらいのではないかと見ていた。

今後、WorldOneがどう立て直すかが注目されるが、最近、医師コミュニティ自体がビジネスとして難しいのではないかという説が出てきている。上のビデオは、ワシントンDCのベンチャー・キャピタル“NaviMed Capital”に在籍するDr. Bijan Salehizadehのコメントであるが、医師コミュニティをはじめ医療ITビジネスにかなり辛辣な見解を提起している。

Sermoがローンチされてから6年。「全米最大の医師コミュニティ」を標榜しながらも、AMA(米国医師会)との確執、レイオフの実施など、決してその事業は順風満帆ではなかった。ファウンダーのダニエル・ペールストラントはSermoを去ったのか、いつの間にかCEOはティム・ダベンポートにかわっている。

以前のエントリでも触れたが、あらためてコミュニティ・ビジネスというのは「数」の勝負だと思う。医師の場合「不特定多数・無限大」 ではなく特定少数集団という前提がある。すなわち最初からコミュニティの「規模」でハンディがあり、特定少数であるがゆえに、むしろきちんと標的にリーチすることを狙った「プッシュ型サービス」の方が向いているのかもしれない。

そしてHealth2.0も、その代表的企業の一角であったSermoの失敗によって、ある一つの時代が終わったような気がする。なにか寂しいような気もする。だが今から振り返ってみて、ではSermoが提示したイノベーションとは一体何だったのかと考えてみると、結局、何も思い浮かばないのだ。単なる医師コミュニティを越える「新しい何か」を切り開かなければ、ビジネスとして継続するのは難しい、という厳しい教訓を残してくれたことに感謝したい。

三宅 啓  INITIATIVE INC.