真夏の架空対談:Sermo総括(Health2.0を越えて)

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Sermoの謎

客) 毎日、暑いねえ。

主) 還暦の身には、今年の暑さはひとしおだ。

客) まあ、がんばって。ところで先月から、医師コミュニティSermo売却問題がずいぶん話題になったね。

主) うん。この件だが、まだすべてが明らかにされていないと思う。

客) 君は昨年から、Sermoの変調についてブログエントリをポストしていたわけだが、いつごろから気づいたのか?

主) ちょうど一年前の夏からだ。米国のHealth2.0関連サービスの現状把握をしようとデータを集めてみて、Sermoがどうもおかしいと夏頃から感じていた。だがその変調が、こんどの売却まで行き着くとは、まさか想像だにしていなかったね。とにかく今回の売却問題には謎が多い。

客) 「謎」か。それはどういうことなの。

主) 今年、年が明けて突然、ファウンダーのペールストラントがpar80のローンチを発表して驚いたわけだが、その時点ではこのプロジェクトはまだSermo内に置かれ、ペールストラントも引き続きCEOにとどまるという説明だった。

客) このpar80というのが、いまだによくわからないのだが、結局これは何なんだ?

主) それがまず第一の「謎」だ。このサイトの具体的なサービス内容はいまだに発表されておらず、しかも米国医師会に対する強烈な批判メッセージだけが掲載されている。まったく奇妙だ。意味不明なのだ。(注:現在は医療機関紹介状サービスをめざしている?)

客) そうこうするうちに、3月になってまた突然、今度は新CEOとしてダベンポートの就任が発表され、この時点でペールストラントはSermoを去る。ダベンポートは、かつてスティーブ・ケースが率いたRevolutionHealthのCEOを一時つとめたぐらいだから、医療ウェブサービス経営のノウハウも経験も一応あるわけだ。

主) しかしその後、結局、短期間で7月にSermoはWorldOneに売却された。普通の売却エグジットであれば、なぜファウンダーのペールストラント自身が在任中に売却しなかったのか。結局、後任ダベンポートが「売却CEO」の役を引き受けた。このあたりの経緯は、本当にわかりにくいなあ。これが第2の「謎」だ。

客) 結局、ペールストラントはSemoを投げ出したと推測されるんだが、その理由のヒントはper80にあるのではないか?ダベンポートはSermoの立て直しに着手したが、これを断念せざるをえなかったということか。そこまでSermoの危機は迫っていたのか。いずれも推測の域を出ないが。

医師コミュニティへの過剰期待

主) Sermoはローンチ以来、累計で4,000万ドルをベンチャーキャピタルから調達している。最近、HealthTapが1,100万ドルの資金調達をして、ずいぶん話題になったくらいだから、このSermoの4,000万ドルというのはこの分野では破格の金額だね。

客) それどころか、最近、ベンチャーキャピタルが最も注目している分野はビッグデータ基盤技術関連のスタートアップ各社だが、なかでもHadoopのディストリビューション・ベンダーとして最近注目株のHortonworksでさえ調達資金は2,000万ドル。だからいかにSermoに対する市場の期待が大きかったかがわかるね。

主) だがその期待は「過剰期待」であり、しかも裏切られてしまった。4,000万ドルも集めておいて、それでも継続できなかったのだから、もう今後Sermo型コミュニティにチャレンジする人は出てこないかもしれない。集めた資金に見合う、いやそれを上回る価値をSermoが創造できたかと言うと大いに疑問だな。

客) そうそう、君は「結局、Sermoの創造したイノベーションとは一体何だったかと考えると、何も思い浮かばないのだ」とブログに書いていたね。

スコット・シュリーブ医師のSermo批判 

主) 振り返ってみると、最も早い時期に、最も痛烈にSermoを批判したのはスコット・シュリーブ医師だ。たしか2007年の暮れ辺りだったろうか、彼はSermoに会員登録し、実際にSermoを使用してみたレポートを自身のブログで公開していた。会員でなければ体験できないサイト内部の各コーナーを、スクリーンショット付きで詳しく解説していたね。

客) スコット・シュリーブ医師といえば、当時、Health2.0ムーブメントの中心的理論家であり、第一回カンファレンスのクロージング・スピーチを「伽藍とバザール」で締めくくった人だな。君は昔から彼を非常に高く評価していたね。

主) そうだ。だから当時、Health2.0の代表的サービスの一つであったSermoを、なぜスコット・シュリーブが激しく批判しているのかわからず、違和感が大きかったなあ。

客) そのスコット・シュリーブの「激しい批判」とは?

主) うん、スコット・シュリーブがSermoに下した結論は「知識売春」(Knowledge Prostitution)という非常に厳しいものだった。さすがにSermoもこれを看過できず、ユーザー利用規約を盾にエントリ削除を求め、しばらくして当該エントリはすべて削除された。

客) しかし、「知識売春」とは、また強烈すぎるな。医師として専門知識を切り売りする、みたいなイメージなのか。

主) まあ、そんなところかな。後でわかったのだが、スコット・シュリーブは医師でありながら、実はオープンソースのEHR”WorldVista”開発プロジェクトにも参加している。彼はオープンソース・ムーブメント体験の中で、知識と情報をオープンに共有することの重要性を学び、そのことがエリック・レイモンドの「伽藍とバザール」論をHealth2.0の理論的支柱に据えることに繋がったと思う。今日で言う”Open Data”の流れがHealth2.0ムーブメントに必要だと考えていたはずで、それに対し「医師限定でクローズドな知識共有」とそのマネタイズをめざしていたSermoとは相容れるはずもなかった。

客) 君のブログにもしばしば言及されていたと思うが、結局、医学の知識・情報というものをオープンソースとみなそうと考えたのがスコット・シュリーブだったんだね。そして、そこにHealth2.0ムーブメントのビジョンを描こうとしたわけだ。

主) そのとおり。だからSermoのように一部資格者の閉鎖空間をつくり、そこに参加できるものだけが医学の知識・情報を特権的にマネタイズすることを彼は批判したのだ。つまり彼から見れば、いかにWeb2.0的スタイルを備えていようが、所詮「伽藍」的な知識と情報の囲い込みや占有はHealth2.0ではないということだったのだ。

客) なるほど。君の「医師コミュニティ嫌い」も、その辺りから来ているのか。

主) (笑) そんなことはどうでもいい。ただHealth2.0の今後にとって、スコット・シュリーブが先駆的に示してくれた「オープンソースとしての医療、医学的知識・情報」ということは非常に重要だと思う。Sermoは行き詰まったが、そのことは、たかが「医師だけのコミュニティ」に過剰期待することへの反省を促しているだろう。たとえば「弁護士コミュニティ」とか「税理士コミュニティ」なんて聞いたこともないが、ではなぜ「医師コミュニティ」だけが過剰に注目される必要があるのか。よく考えてみれば不思議な話だ。なるほど「医師コミュニティ」を別に目くじら立てて排斥することもなかろう。だが閉鎖的な特定少数コミュニティの周囲に、過剰な集金構造を作る必要が一体どこにあるのだろう?そこにイノベーションはあるのか?そんな問いをスコット・シュリーブは我々に提起したのだ。

Health2.0を越えて

客) ちょうど「Health2.0の今後」という言葉が出たが、今、君はそれをどのように考えているのだろうか?

主) Sermo売却問題でCBニュースからインタビューを受け原稿をチェックしたら、「これでHealth2.0は終わった」(笑)という文言が目にとまり、「これではHealth2.0がすべて終わったみたいだから」と修正を入れた。しかし、その後よく考えてみると、CBニュースの記者さんが書いたように、たしかに今回のSermo売却をもって、Health2.0は終わったかも知れないなと。今、そういう想いが強い。

客) その「終わったかも」感を、も少し具体的に言うと、どうなるのかな?

主) もう5年も経ったからなあ。端的に言って時代は変わり、技術が根本的に変わった。過去のHealth2.0では医師や患者のコミュニティを作ったりしていたわけだが、もう今では、ウェブ全体からビッグデータをどうアグリゲートし、そこから新しい医療の知見をどう抽出し、「バザール」として、オープンソースとして共有するかへと、つまり「Open Data」へとテーマは移っている。UGCやソーシャルだけでなく、スマホをはじめ機械センサーが高速に大量の生体データを生成し、M2Mで大量データ処理が行われる時代になっている。そして、それらを支える基盤技術であるHadoopやNoSQLやストリームデータ処理エンジンが続々リリースされ、データを取り巻くイノベーションは高速進化しているのだ。かつて5年前、サンフランシスコで第一回Health2.0カンファレンスが開かれた当時と比べ、技術は根底的に変わってる。そのことの想像力があるかどうかが問題になっている。

客) なるほど。かつてのHealth2.0は、もう今日のイノベーションに追いついていないと言うことだね。

主) その通りだ。今日のビッグデータのVolume、Variety、Velocityを考えるならば、もういまさら古いイシューを問題にする必要もないかも。たとえば、今回、Sermoが示してくれたことは「医師コミュニティ」なんてイシューが、はっきりと過去のものになったということかもしれない。

客) つまりHealth2.0自体が過去のレガシーコンセプトになりつつあると、君は感じているわけだね。

主) とにかく5年は長い。新しい動きはどんどん出てきている。しかし、技術にはまるで関心のない輩も多いからね。

ローリングストーンズの古い曲に「イエスタデイズ・ペイパー」というのがある。1967年にスマッシュヒットした地味な曲だが、わりと気に入っている。その歌詞の出だしはこうだ。

Who wants yesterday’s papers ?

Who wants yesterday’s girl ?

Nobody in the world.

 

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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