リサーチ・イノベーションとUGR: User Generated Research

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思い返してみると、web2.0において、やはりもっとも重要だったのはUGC(User Generated Content)という考え方だったのではないか。それ以前、各商用サイトは自前のコンテンツ制作に人もカネも時間も投入し、これが実はサイト運営における最大のコスト・ドライバーであった。「プロフェッショナルな完成度の高いコンテンツでなければ集客できない」とみんな思い込んでいたからだが、UGCという考え方の登場は、そんな迷信を根底からひっくり返したのだった。(もっとも、いまだに自前のコンテンツ制作に注力するところは後を絶たないが。)

UGCというコンテンツの制作と価値をめぐる考え方の転換によって、Flickr、YouTube、ニコ動などweb2.0を牽引するサービスが登場し、もはや「コンテンツはユーザーが作るもの」という考え方が当たり前になった。このことは調査においても言えるのではないか。従来は、プロのリサーチャーが調査設計をおこない、被験者に質問して回答を引き出してきた。基本的にこれは、プロの制作プロダクションがコンテンツを制作することと同じだ。だが2.0以降、「コンテンツはユーザーが作る」ようになったのだ。「ユーザーが作る調査」というものがあっても良いだろう。そこでUGR(User Generated Research)である。

おそらくリサーチ・イノベーションのベースに、このUGRというコンセプトを置くことになると思う。従来のレガシー調査の一般的実施手順というものをあらためて検分してみると、結局、「一定の基準のもとにデータを発生させ、回収し、分析する手順」ということになる。ところがUGRにおいては、データそのものがユーザーによって先行して生成されており、従来の調査手順の大半は省略されることになる。データは設問やインタビューを被験者に投げて、新たに被験者に生成させるものではなく、既に「被験者」の自発的意志によって生成されウェブ上に存在しているのだ。 続きを読む

リサーチ・イノベーションとTOBYOプロジェクト

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昨秋、サンフランシスコで開催されたHealth2.0SF2010カンファレンスにおいて、イスラエルからFirstLifeResearch、そして日本からTOBYOが患者生成データに基づくまったく新しい調査サービスとして世界に登場した。イスラエルと日本から、奇しくもほぼ同時期に、ほぼ同じ発想に基づいて出てきた二つの新サービス。その意味するところを考えているうちに、いつしか私たちはこれらを医療における「リサーチ・イノベーション」と捉えるようになった。だが、これは何も医療分野に限ったことではない。

たとえば民意を探る世論調査なども、これからはわざわざ電話やメールで市民から新たにデータ収集するのではなく、ネット上に公開された膨大な人々のオピニオンを抽出し、集計し、分析することになるだろう。すなわち従来の調査が「質問することによって回答データを生成し回収する」ことに多大なエネルギーとコストを投入していたのに対し、これからの調査は「質問」を省き、「すでにあるデータ」をどのように早く、安く、効率的に活用するかを考えて実施されるだろう。 続きを読む

Health2.0ビジネスモデル再考2: リサーチ・イノベーション

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実は昨日エントリをポストしたのだが、今朝起きて改めて読み直し、結局削除することにした。昨夜、Health2.0のことをあれこれ考えて書いているうちに、筆は次第に熱を帯びて滑り始め、いつしか通俗的2.0論批判に行き着いていた。しかし今更、こんなことに関わり合うのも馬鹿げていると思い直した。「2.0」時代がそろそろ終わりかけようとしているのに、医療分野だけいまだに「2.0」が取りざたされているというのも、考えてみれば奇異な光景ではないか。通俗的で凡庸、おまけに一知半解の「2.0論」というヤツが、とりわけ医療分野に生きながらえてそれに十分辟易しているとしても、この上とやかく言うのもつまらないことだ。そんなことは無視して、今後のビジョンだけに集中すべきだろう。

一週間前のエントリで、「データとフロー」がHealth2.0ビジネスモデルを考える際のベースになるだろうと言っておいた。そしてこの「データとフロー」という対句をしげしげと眺めているうちに、いつしかそこから一つの言葉が、徐々に明確な輪郭をもって立ち現れてくる気配を、今年になって実感し始めている。それは「リサーチ・イノベーション」という言葉だ。Health2.0の一つのビジョンとして、また特にdimensionsの位置づけを検討しているうちに、「リサーチ・イノベーション」ということを最近考え始めるようになってきた。 続きを読む

Health2.0のビジネスモデル再考: データとフロー

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昨日は朝から、妻と丸の内の三菱一号館美術館へ「カンディンスキーと青騎士展」 を見に行った。数年前、大規模なカンディンスキー展が開催され大作「コンポジションⅥ、Ⅶ」などたっぷり堪能できたが、今回は初期のわりと地味な作品が多かった。しかし、風景画などでそのきわだった色彩感覚に驚かされる経験をした。「この屋根をこんな色で描くのか」。ミュンターはじめ青騎士グループの作品もじっくり楽しめた。そういえば、自室に長らく「コンポジションⅦ」の大判ポスターを架けて悦に入っていたが、あれはどこへしまったのか。

話は変わって、最近、あらためてHealth2.0のビジネスモデルを考え直したりしている。これはWeb2.0のビジネスモデルというものが、既にかなりはっきり見えてきたことにも関係がある。たとえば、かつてWeb2.0を代表するサービスと言われていたソーシャルニュースのdiggやソーシャルブックマークのdelicious、さらにかつてトップSNSであったMySpaceが、最近、身売りやリストラの憂き目にあっていると報じられている。そしてその一方では「勝ち組」のFacebookが、来年と噂される株式公開へ向け着々と準備を進めている。2005年の時点、つまりWeb2.0が大きな社会的話題になった頃、一体誰がこの事態を予想できたであろうか。その後、五年が経過し、混沌としたシーンは晴れ上がり、勝ち組と負け組は明確になった。 続きを読む

膨張と収縮: Ban & Crunch

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2月になった。厳寒の毎日。寒風吹きすさぶ新宿御苑にあって、あちこちで梅が蕾をふくらませ、既に一部開花したものもある。遊歩道を歩いていると、まだ春は遠いが確実に近づいてきている気配がわかる。ここのところブログの新規エントリ数が少なかったが、春へ向け徐々に元のペースに戻していきたい。

先月1月は、dimensionsのデータ処理に思いのほか時間を費やした。数百万ページのデータを、数千の固有名詞で一つ一つ精査するのだから、当然これは大きなマシンパワーが必要になる。運用フェーズでの効率的な処理工程を組むために、これまでいろいろ試行錯誤をした。時間はかかったが、今後のために、どうしてもこれらの経験は積んでおかなければならなかった。

さて、TOBYOはもうすぐ収録闘病サイト数で2万6000サイトに達し、文字通り国内最大の患者体験データベースであり、今後も引き続き成長し続けるが、この巨大なデータ集積を効率よく活用するツールが「ディメンションズ」(dimensions)である。拡張検索エンジン「Xサーチ」と蒸留器にして多次元データ生成エンジンである「ディスティラー」。この「二つのエンジン」によって、これまで多様で無秩序に存在していたがゆえに用途が限られていたPGC(患者生成コンテンツ)を、これから縦横無尽に広範なエキスパートが利用する道が開ける。日本の患者が、日本の医療で何を体験し、何を思ったか。これを患者自身が自発的に作成した膨大なドキュメント集積を使って、すみずみまで明らかにできるのである。日本医療の実態を、まさに「患者の目」を通して可視化できるわけだ。大げさではなく、これは一つのイノベーションだと考えている。 続きを読む