昨秋、サンフランシスコで開催されたHealth2.0SF2010カンファレンスにおいて、イスラエルからFirstLifeResearch、そして日本からTOBYOが患者生成データに基づくまったく新しい調査サービスとして世界に登場した。イスラエルと日本から、奇しくもほぼ同時期に、ほぼ同じ発想に基づいて出てきた二つの新サービス。その意味するところを考えているうちに、いつしか私たちはこれらを医療における「リサーチ・イノベーション」と捉えるようになった。だが、これは何も医療分野に限ったことではない。
たとえば民意を探る世論調査なども、これからはわざわざ電話やメールで市民から新たにデータ収集するのではなく、ネット上に公開された膨大な人々のオピニオンを抽出し、集計し、分析することになるだろう。すなわち従来の調査が「質問することによって回答データを生成し回収する」ことに多大なエネルギーとコストを投入していたのに対し、これからの調査は「質問」を省き、「すでにあるデータ」をどのように早く、安く、効率的に活用するかを考えて実施されるだろう。
これらリサーチ・イノベーションは、調査における破壊的なイノベーションとなるかも知れない。その影響を考えてみると、まず、旧来の調査票やモデレータが不要になってしまうだろう。調査目的にかなった、論理的な設問およびそのフローをどう設計するか、あるいは被験者の本音をうまく引き出すためにどうインタビューするか、などということがこれまでの調査ノウハウであった。だがいかにプロフェッショナルな域に達していようとも、これら旧来の調査のやり方は、所詮「観察者の介入」というバイアスから逃れることはできなかった。どのような秀逸な調査票やインタビューフローの設計も、「目標とするデータの収集」という目的整合性が強いるバイアスから自由ではなかった。極端な場合、予め調査結果を想定した誘導や仄めかしさえ、設問に含まれていることもあった。
リサーチ・イノベーションは「誰かが何らかの意図を持って質問する」というプロセスを省くだろう。あくまでも「被験者」の自発性に基づいたオピニオンや体験記録を対象とするから、「質問」自体が孕むバイアスを回避できるわけだ。
さて共通した発想を持つとはいえ、TOBYOとFirstLifeResearchとでは、患者生成データに対するアプローチは大きく異なる。どちらかといえばFirstLifeResearchは患者生成データを数量化し、その時系列トレンドを可視化するサービスであり、これはブログリサーチ・サービスに近い。TOBYOプロジェクトもdimensions開発の当初、同じような方法を検討したことがあった。だが結局、これらブログリサーチの方法は医療分野や患者体験と親和性が低いと考え、別のアプローチを模索することになった。そして開発したdimensionsは「医療を構成する固有名詞」に着目し、患者集合知から医薬品、治療方法、医療機関、医療機器などの個別次元を切り出す抽出ツールになっている。
病名ごとのバーティカル検索を柔軟に実現する「Xサーチ」、そして複数次元を自由に横断してデータを抽出する「ディスティラー」。この二つの基本機能によって構成されるdimensionsは、これまで検討してきた「リサーチ・イノベーション」の第一世代のシステムと言えるのではないかと、最近考えるようになった。
では最終的にリサーチ・イノベーションが提供するサービスは、一体どんなイメージになるのだろうか。そのことをあれこれ考えているのだが、たとえばこうだ。サービス利用者は、仮説検証などに必要なデータ収集分析セットを仮想調査票として作成する。その仮想調査票を、TOBYOが収集し構造化した患者知識集合体(DB)に投入する。仮想調査票のリクエストに合致したデータがDBから抽出され、自然言語解析により判定され、仮想調査票の仮想設問に自動入力・集計・アウトプットされる。たとえばそんなイメージだ。
ここで言う「仮想調査票」とは、あくまでも従来調査のメタファーであり、なるべく具体的なタスクイメージを持ってもらうための方便である。もちろんここのバイアスをどうするかという課題が残されているのだが、これは「複数調査票の実行」によって解決できるのかも知れない。これまでと違い、仮想調査票は何回でも修正変更することができる。データ生成が先行し、事後的に仮想調査票が作成されるからだ。つまり調査票がどのように設計変更されても、データ(患者知識集合体)は変化しないのだ。
ところで第一世代システムのdimensionsだが、現在、バグフィックスとチューニングに取り組んでいる。チューニングは主として実行スピードの改善。なにしろ数千の固有名詞で数百万ページを解析するのだから、当然、億単位のページ処理が発生する。マシンパワーとプログラムの両面で改善中。
TOBYOプロジェクトは「リサーチ・イノベーション」を旗印として、まず第一世代システムdimennsionsを世に問い、そして将来へ向け、上記のような全く新しいマーケティング・リサーチ・システムへと進化していきたいと考えている。
三宅 啓 INITIATIVE INC.