患者言語研究事始

最初の選択

私たちのTOBYOプロジェクトは、ネット上にすでに公開されている闘病ドキュメントに着目するところからスタートした。闘病ドキュメントを集める方法としては、患者コミュニティを作り、そこで闘病記を書いてもらうというのがむしろ一般的だろうが、私たちはそうではなく、「すでにネット上に存在するドキュメント」を活かす方法はないかと考えたのである。当然、「これからコミュニティを作り、ユーザーを集め、書いてくれるのを待つ」よりも、「もう既に書かれて公開されているものを集める」ほうが確実でしかも早い。つまり最初の段階で、私たちは「コミュニティを作る」という発想を捨て去り、もっとも容易でシンプルな方法を選択したことになる。経営リソースの乏しいベンチャー企業にとって、「あれも、これも」という贅沢な選択をする余裕はない。「あれか、これか」と取捨選択を徹底し、自分たちの在り様をできるだけシンプルでスリムにしておくことが求められるのだ。

その結果として、TOBYOプロジェクトは4万件の収録サイト数達成を目前にしている。これはおよそ5万件と推定される闘病ユニバースの8割をカバーする規模であり、TOBYOは文字通りネット上の最大の闘病ドキュメント・ライブラリーに成長することができた。今後も規模の拡大を継続し、初期のミッション「ネット上のすべての闘病ドキュメントを可視化し、検索可能にする」を遂行することにかわりはないが、プロジェクトはさらに新たなミッションを帯びた新規の活動段階に来ていると考えている。それは4万サイトに蓄積された500万ページのデータを読み取り、そこに隠された意味を探索し、そこから患者の感情と一般意志を抽出し理解することである。

続きを読む

今月から始まる新しい活動


もう二月である。早い。うかうかしてしていると、どんどん時間がたってしまうが、今月から始まる当方の新しい活動についてお知らせしたい。まず、上の写真をご覧いただいておわかりのように、今度、Yahoo Japanさんからお声をかけてもらい、「YahooNews個人」のオーサーとして、今月から記事を投稿することになった。

個人ページ「ウェブ医療レビュー」も作っていただいたが、自分の顔写真を人様にさらすのは恥ずかしいものだ。ページが出来上がってみると「好々爺」然として、今さらながら歳を自覚した次第。「温厚な爺さん」というキャラクターがにじみ出ている。とにかく当ブログ同様、今後はこっちの方ものぞきに来ていただきたい。よろしくお願いします。

「ウェブ医療レビュー」には世界の新しいウェブ医療サービスの動向を取り上げ、こっちの「TOBYO開発ブログ」はTOBYOプロジェクトや医療以外のテーマを中心に、というような分担を考えているがさてどうなるか。とりあえず「ウェブ医療レビュー」はHealth2.0の総括からスタートした。これは、ここ数年の私の仕事のベースとなったテーマだったわけだが、そろそろこの辺で「Health2.0とは何であったか?」と総括してしまい、先へ進んでいきたい。

「先へ進む」ということでは、dimensionsのカスタム出力で、テキストマイニングを実行する環境がようやく整ってきている。これまでいろいろ当方なりに思うところもあり、あえてマイニング技術を封印してきたのだが、ソーシャル・リスニングをもっと活用するためには不可欠であると判断した。今月にはその成果をご覧いただけるのではないかと思う。

またTOBYO_APIまわりでも、各方面での運用をお願いしており、今月から稼働していただく予定の案件もある。

「すべての医療情報から患者の声が聞こえるように」を実現すべく、全力を尽くす2月である。

三宅 啓  INITIATIVE INC.

メディアを持った闘病者

TOBYOの収録サイト数は現在4万件に近づいている。最初、TOBYOを立ち上げる時点で、私たちはネット上に公開されている闘病ドキュメント(いわゆる闘病記)の数をおよそ3万件と推定した。すでにTOBYOはその数を越えているのだが、今の時点で少なくとも5万サイトがネット上に闘病ドキュメントを公開しているものと思われる。「ネット上のすべての闘病ドキュメントを可視化し検索可能にする」というのがTOBYOプロジェクトのミッションであるが、少しづつその達成が見えてきている。

TOBYOプロジェクトは、闘病ドキュメントを公開している個人サイトやブログからなるネット空間を「闘病ユニバース」と名付け、これを自生的に進化している一種の「自律、分散、協調」型ネットワーク、あるいは開放型仮想コミュニティとみなし、自らをその情報インフラとして位置づけてきたのである。

以前、コミュニティ・リサーチを取り上げた際に、人為的にコミュニティを起動することの難しさとそこに付きまとうバイアスの存在を指摘したが、闘病ユニバースのような自然発生的なコミュニティはこれら問題とは無縁である。まず、コミュニティ自体が自然発生的に成立し、すでに動いている。そして闘病ユニバースを構成する各人は、あくまでみずからの自発性のみに依拠し、各人なりの自由な方法とスタイルでこの仮想コミュニティに「参加」しているからだ。闘病者は、ただ好きなホスティング・サービスやオープンソースCMSを利用して、おもいおもいにブログを書き始めるだけでこの闘病ユニバースに「参加」することができる。否、特に「参加」という意識さえ持つ必要もないのだ。

このブログでは、繰り返しこの闘病ユニバースについて言及してきたのだが、やがて時間がたち、ネットのありようは大きく変わってきている。とりわけTwitterとFacebookの爆発的な普及は、従来の開放的なネットにおける自由なユーザーの活動を、特定のクローズド・サービスへ囲い込むような状況を作り出している。TwitterにせよFacebookにせよ、本来それらは特定のサービス企業が作り出したプライベートな空間であるが、「ソーシャルメディア」との呼称が示すように、それらはあたかもパブリックな空間であるかのように立ち現われている。そして、これら「ソーシャルメディア」の台頭にともなって、パブリックスフィア(公共圏)としてのネットの存在価値はますます忘却されるかのごとくである。

続きを読む

TOBYOプロジェクトと「物語」

「物語というのは、その書き手が何かを語ろうとして、自分宛に書く手紙のようなものだ。書く以外の方法では、それが発見出来ないのだ。」 (「風の影」 カルロス・ルイス・サフォン, 集英社文庫)

私たちがTOBYOプロジェクトを始めた当初、どうしても避けて通れなかったのはウェブ上に公開された「闘病記」というものをどう見るべきかを徹底的に考え抜くことであった。その際、私たちが選んだのは、いわゆる「物語」や「作品」という視点からではなく、あくまでも「事実」や「データ」という視点からネット上に大量に公開された患者ドキュメントを見ることであった。

「物語」や「作品」という視点からあえて離れることによって、固有名詞で特定される具体的事実と数量化が可能なデータを可視化するというアイデアが生まれた。そのアイデアから、まず最初に「TOBYO事典」という自前のバーティカル検索エンジンが開発され、次に固有名詞をジャンル別に時系列で抽出・集計する「dimensions」が開発された。そしてその延長上に「がん闘病CHART」「V-search」とそれらの「TOBYO_API」が作られていった。

こう見てくると、やはり最初の方向付けというものが決定的に重要であったと言わなければならないし、今後もその方向付けを繰り返し確認し、さらに一層豊富化し精緻化していくことが必要だと思える。もしも、私たちがウェブ上の患者ドキュメント群を「物語」や「作品」という視点でだけ見ていたとしたら、その後、私たちのプロジェクトはどこへも行きようがなかったに違いない。 続きを読む

Twitter上の「医師の声」をリスニングするMDigitalLife

YouTube Preview Image

私たちのTOBYOプロジェクトは「ネット上のすべての患者体験を可視化し検索可能にする」とのミッションのもとに、主として闘病ブログなどで公開された「患者の声」を幅広く収集し、様々な人々に届けようと努力してきた。これと同様の発想で、「ネット上に公開された医師の声を集める」というプロジェクトがあっても良さそうだと思っていた。それが最近になって、どうやら米国で始まりそうだ。

昨年、Katherine Chretien医師 を中心とするグループが、Twitter上の医師の声を収集分析した調査報告書「Physicians on Twitter」をJAMAに発表し話題になった。この調査において、Chretien医師はTwitter上で医師が配信したと思われるTweetを収集した上で、523人の医師と推定されるユーザーを特定し、さらに最終的にそれを260人まで絞りこみ、それぞれ一人当たり20件ずつTweetを選び出し、最終的に全部で5,156件のTweetを分析した。ずいぶん手間のかかる調査方法である。

Twitterのようなソーシャルメディアを医師が利用することについては、従来から、医師が患者の情報をもらしたり、差別発言など不適切な発言をするのではと問題視されてきた。しかしこの調査報告によれば、それら問題となるTweetは全体の3%に過ぎなかった。この調査報告書の登場によって、米国医療界ではにわかに「Twitterを利用したオープンな医師の声の共有」という考え方や、「Twitterを医師調査プラットフォームに利用する」というアイデアのリアリティと受容性が高まったと言われている。 続きを読む