ウィキ型思考の医療人

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世の中には予想を裏切る意外なコトが多い。だから面白いのだ。もちろんその「意外さ」には、それに接してがっかり落胆するような意外さもあれば、「なかなかやるじゃん」と元気が出る意外さもある。たまたま偶然、「少数の専門家と多数の非専門家」と題された講演抄録を見て「意外!」の念に打たれたのだが、この場合はポジティブな意味においてである。

この講演は、先ごろ実施された「JIMAインターネット医療フォーラム2008」における国際医療福祉大学の開原成允教授によるものである。 続きを読む

多様性の創造

昨日の「消費者の医療観」に関連して、消費者ニーズと医療サービス提供の間のギャップがやはり問題になると思う。特に日本の場合、医療サービス提供方法がかなり画一的であり、これと消費者ニーズが相当大きくずれているのではないかと考えられる。消費者のライフスタイルや生活時間実態に医療の方が対応できず、逆に「提供者側の都合」を消費者に強いるようなかたちになっている。基本的には「消費者側の都合」に提供者側が合わせなければならないのだが、医療の場合は例外的に、従前からの対応硬直性がそのまま残されているように見える。

大衆消費社会は消費者ライフスタイルの多様性を生み出したが、流通などは新業態開発などによって、これらにいち早く対応してきた。だが、医療、金融、行政などの対応はいちじるしく遅れてきた。「24時間、365日」が当たり前になりつつあるサービス業にあって、これら業界は、いまだ「提供者側の都合」の発想から抜け出すことができないのだ。ここに大きなギャップが存在する。ギャップは苛立ちや不満の温床であり、あるいは容易に不信へと転化する。 続きを読む

消費者の医療観

gaien1123

毎年11月23日には、秩父宮ラグビー場でラグビー早慶戦を観戦するのが当方の恒例行事となっている。例年この時期になると、外苑の銀杏並木は美しく色づき、落ち葉散り敷く歩道を歩いてグラウンドへ向かうのは楽しい。これまで30数年間ラグビー早慶戦を見て来たが、無論、早稲田を応援するためである。

今年のゲームは例年になくミスが多く、またルール変更のためかキックの応酬が多すぎたのが興ざめであった。特に前半は慶応のキック多用の戦法に付き合いすぎてエリアを確保できず、フラストレーションのたまる展開であったが、後半20分からの三連続トライに溜飲が下がった。特に早稲田右ウイングのスピードに乗ったパワフルな激走を見て、胸のすく思いがした。

さて、先週、麻生首相発言を受けて書かれた「医師会には社会的常識が欠落している人が多い」(池田信夫ブログ )だが、多数寄せられたコメントの議論が充実して読み応えがあった。これまで日本の医療をめぐる議論には、何か自由闊達に議論するという雰囲気が欠落していたと思われる。硬直した制度設計や閉鎖的なアカデミズムに対して、何か物を言うこと自体が空しいと感じられたり、あるいは医療とその周辺の言説空間というものが妙に歪曲しており、言葉が素直に伝達しないようなもどかしさがあったのではないか。そのような閉塞感を、皮肉にも、ある意味破ってくれたのが麻生発言であったのかもしれない。多くのコメントを読みながらそんな感想を持った。 続きを読む

ある臨界点をめぐる考察

最近、いろいろな人にお会いしてよく聞かれる質問に「あまり医療のことはよく知らないのですが、医療系ベンチャーにはやはり相当の医療の勉強が必要でしょうねぇ・・・」というのがある。それに対し「いいえ、むしろ医療のことをあまり知らない方が良いケースもありますよ」と応えると、たいてい意外な顔をされることが多い。

医療者でもないのに中途半端に医療界の事情通になったりすると、次第に自分が医療界のメンバーであるかのように錯覚しはじめ、挙句は医療界に成り替って消費者に説教までしだすような例をこれまで何度も目撃して来た。こういう連中は、最初は消費者中心医療とか患者目線の医療などと、消費者や患者を持ち出してむしろ医療界や官庁などエスタブリッシュメントに批判的なポーズを取ることが多いのだが、ある「臨界点」を超えてしまうと、逆に「医療界の事情」とか「国の医療政策」などと、訳知り顔に消費者に向かって解説し、啓蒙家を気取り始めるのである。まさに「ミイラ取りがミイラ」である。「国の医療政策はかくのごとく進展し云々・・・」などと役人作文然とした決まり文句を並べ、まるで「国営NPO」ででもあるかのような、そんなミイラ団体まで存在するから恐れ入る。

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コトの顛末

先日、ある団体から闘病記に関するシンポジウムの講師を依頼された。その開催要項らしきものを見たがさっぱり要領を得ず、意を尽くした文面も整えられておらず、主催者さえ明記されていないことにも辟易し、勝手にノミネートするその無礼さに不快感もつのり、そのまま無視しておいたのだ。そして昨日、またもやその団体から講師依頼メールが再送されてきたのであるが、今日、丁重にお断りのメールを返信しておいた。やれやれである。

このシンポジウムは厚生科研費のついた研究会活動の一環であるらしいが、とにかく当事者たちの問題意識が低く浅すぎるのではないか。仮題「闘病記の提供方法を考える」とのテーマで、四時間も一体何を議論するのか。このテーマ、字句通り受け取れば単純に「提供方法はネットや書籍など多様である」という話で終わりである。貴重な時間資源をなんと心得ているのか。 続きを読む