次世代医療に挑戦するクロスオーバーヘルス

新宿御苑の桜は満開。昼間から花見客で満員。数年前から入場門前で、ガードマンが「荷物チェック」、つまりアルコールの持ち込みチェックをするようになったが、なんとも無粋なものだ。花見酒は日本文化である。少々、羽目をはずそうがいいではないか。中には暴れる人もいるのかなぁ。私ではありませんが。

ところで、スコット・シュリーブ医師といえば、このブログでは何度も登場したおなじみのHealth2.0の論客である。最も早い時期に医師コミュニティ”Sermo”を批判して物議をかもしたりしたが、Health2.0ムーブメントの理論的中心人物として名を上げた。だが、数年前から主だった舞台からは姿を消し、クロスオーバーヘルスと名付けた次世代医療サービスの立ち上げに奔走していたはずだが、二三年前から活動が途絶え、その行方も杳として知れなかったのである。風の便りに「毎日、サーフィンをしているらしい」との噂が聞こえてきたこともあった。

昨年九月だったか、たまたま未明に目覚め、なんとなくスマホでネットをチェックしていると、なんと久しぶりにスコット・シュリーブのブログが更新されているではないか。エントリ・タイトルは”Surf Report”というものであったが、サーファーの彼らしいタイトルだなと思った。二三年前のブログには、マシュー・ホルトらが中心となったHealth2.0を批判する、どちらかといえばシニカルな言説が書かれていたのだが、”Surf Report”には、かなり前向きで活動意欲にあふれた言葉があり驚いた。 続きを読む

設問の再生: Patient Document Research

福島のスキーリゾート「アルツ磐梯」に来ている。今日から開催されたHealth2.0福島に参加するためだ。夫婦同伴で来たが、当方はイベントを、妻はスキーを楽しもうという趣向である。幸い好天に恵まれ、紺碧の空のもと、素晴らしい眺望を楽しんでいる。ところで昨日から風邪で熱がある。ここのところ1ヶ月ばかり、休みなしで仕事を続けてきた疲れが出たのか。

さて、前回のエントリでも触れたように、いよいよネット上の患者ドキュメントの自然言語解析に本格的に取り組むことになった。最近、次世代エネルギー資源として、海底のメタンハイドレードが注目されているわけだが、ニュース解説などで「従来から、有望なエネルギー資源であると衆目の一致するところだったが、どうガスを抽出し、どう実用化するかが難問であった」と言われている。やっと五年くらいで実用化する目処がついたようだが、最近このニュースを目にするたびに、「あぁ、これはネット上の患者ドキュメントとまったく同じだなぁ」と思うのである。

ネット上に公開された患者ドキュメントは、TOBYOが可視化したものだけでも、4万サイト、500万ページ、30億ワードという分量に達している。繰り返すが、このように大量の医療体験が公開されたのは、史上始まって以来のことである。また、このデータが医療業界、行政、マーケティング、研究などさまざまの分野で非常に価値があることは、誰も異論を挟む者はいないだろう。しかし、メタンハイドレードと同じように、このデータからどう有用な情報を取り出して、どう実用化するか、という点が難問なのであった。 続きを読む

患者コーパスとドキュメント・リサーチ

このところ厳しい寒さが続いていたが、今日は春を思わせる暖かい一日であった。新宿御苑の梅も開花し始めた。明日から三月である。

患者コーパス

昨日、TOBYO収録サイト数は4万件に到達した。TOBYOは闘病ユニバースの成長と歩調を合わせて成長してきている。貴重な体験ドキュメントを公開してくれた、すべての闘病者の方々に感謝の気持ちでいっぱいである。このように多数の闘病体験が、まとまったドキュメントとして公開されているのはおそらく日本語ウェブ圏だけだろう。

TOBYOは4万サイト、500万ページの闘病ドキュメント・データベースであるが、前回エントリでも述べたように、今後は蓄積された大量のデータからいかに「患者の声にもとづく医療評価」を切り出すかが新たなテーマとなってくる。そのための新たなミッションを「患者言語研究」と呼んでみた。もちろん、従来から私たちがテーマとしていた「患者が体験した事実の可視化」は引き続き追求しなければならないが、患者が医療を語る場合に、どのような言葉を使用しているかを広くリサーチしなければならないと考えている。つまりTOBYOは闘病体験ドキュメント・データベースであると同時に、「患者コーパス」という側面も併せ持っていることを、最近、強く意識し始めている。(注:コーパス(corpus:Wikipedia) 続きを読む

WebMDの苦闘から考えたこと

年の初めにいきなり不景気な話で申し訳ないが、昨年末、米国の医療ポータルWebMDが従業員250人のレイオフを発表した。これは全従業員1400人の約14%にあたる。WebMDと言えば1996年設立以来、ずっと米国トップ医療ポータルの座を維持してきたが、とうとう2011年、EverydayHealthにその座を明け渡している。これはRevolutionHealth買収(2008年)を布石とするEverydayHealthのWebMD追撃戦略(「競争激化する米国医療ポータル市場」参照)が、三年たってようやく実を結んだものと言えるだろう。

最近の両社のトラフィック状況を見ると、月間ユニーク・ビジター数でEverydayHealthが2,200万人、WebMDが2,000万人程度である。WebMDはEvrydayHealthの後塵を拝しているのだが、昨年2012年を通じて、ユニーク・ビジター数もページ・ビュー数も伸ばしてはいる。それでもリストラに至ったのは、製薬業界からの広告をはじめとする収入が激減したためである。米国製薬会社のDTC(Direct To Consumer)広告予算は2006年をピークとして下降する一方であり、さらに追い打ちをかけるかのように、ファイザーのリピトール(Lipitor: 血中コレステロール降下剤)をはじめ製薬各社の薬品特許切れが相次ぎ、「まるでタオルを投げるように」(米国製薬業界関係者の弁)マーケティング活動から撤退が始まったといわれている。

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「コミュニティ・リサーチ」の考察

「現代社会の市民は、議論を始めるにあたって、議論の場そのものの共有を信じることができない。意見は異なっても、とりあえず同じ共同体の一員としてひとつの議論に参加している、という出発点の意識すら共有できない。アーレントとハーバーマスが理想とした公共圏はそもそも起動しない。」(「一般意思2.0」、東浩紀、P97)

「しかし、ネットの政治的な利用の本当の可能性は、無数の市民がそこで活発な議論をかわし、合意形成に至るといったハーバーマス的な理想にはなく、(いくども述べているようにどうせそんなものは成立するわけがないのだから)、むしろ、議論の過程で彼らがそこにほうりこんだ無数の文章について、発話者の意図から離れ集合的な分析を可能とするメタ内容的、記憶保持の性格にこそあると言うべきではないだろか。発話者は一般に、発話の内容については意識的に制御することができる。しかし、発話のメタ内容的な特徴、たとえば語彙の癖や文体のリズムや書く速度などは容易には制御できない。そしてネットは、まさにそのようなメタ内容的な情報の記録に適しているのだ。」(同上、P 127)

少し前に、あるマーケティング・リサーチ関係者から「TOBYOにはコミュニティはあるのか?」という質問を投げかけられたことがあった。このブログをかなり前からお読みになっている読者なら、おそらくこの「問い」に苦笑されるかもしれない。まさにこの「問い」こそは、TOBYO立ち上げ初期から幾度となく異口同音に私たちに繰り返し向けられてきた「問い」であり、そのことはしばしばこのブログでも触れてきている。実はもういい加減、辟易しているのだが。

そのうちにだんだんわかってきたことだが、どうやら世の中には「コミュニティ信仰」というものが広く根強く存在するらしい。何かコミュニティをやっていることが、論証抜きで非常に価値のある高度な試行であるかのような、そんな「信仰」があるような気がする。もっとも「信仰」が論証されることはないのだが・・・・。また、コミュニティがあたかも諸課題の万能特効薬ででもあるかのようなそんな「信仰」もあるような気がする。

これら「コミュニティ信仰」に通底するものは「コミュニティ成立」への疑念の欠如であり、すべてのコミュニティが例外なく「成立する」と何の根拠もなく楽天的に信じられている。だがコミュニティは不成立に終わることもあり、むしろ現実には不成立のケースのほうが多いのである。 続きを読む