「ナラティブ」という「物語」を駁す

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「手作りパン」ブームらしい。そう言えば一般サイトのみならず、最近闘病サイトでも手作りパンの話題が多いのに気づく。自分で作ったおいしそうなパンの写真とレシピをアップする闘病サイトが増えているのだ。癌の患者であっても、難病の患者であっても、手作りパンを焼き、その自慢のパンの写真をブログにアップしている。誰かに見てもらうために。「どう?おいしそうでしょ!」。

とりたてて「闘病記」などというと、私たちは何か特別で鹿爪らしい、しかもどこか劇的で非日常的な展開のある「物語」を連想してしまいがちだ。だが、実際は闘病生活においても日常的な時間は淡々と流れている。そこにも手作りパンを焼くような趣味や娯楽の愉しみがあり、家族や友人との会話があり、要するに日常のフツウの生活と時間があるのだ。闘病生活を「闘病記」などという独特の視点で「物語」化したい人たちは、むしろそれら日常の視点が自らに欠落していることを知るべきだ。闘病生活は「戦時」ばかりではない。その多くは「平時」の時間なのだ。

これまで「従来の闘病記と闘病サイトとは質的に違う」ということを再三言ってきたわけだが、その違いの一つは、闘病サイトが闘病生活だけでなく日常生活全体を生き生きと描き出している点にある。もちろん闘病体験だけを焦点化したサイトも少なくないが、多くのサイトは趣味、旅行、娯楽、育児、教育など生活全体を描き出し、その中の一部として闘病体験が記録されている。これに対し、たいていの「闘病記」は紙幅制限のためもあってか、そのような生活全体の記録という体裁を取ることは稀であり、非日常的で劇的な「物語」の骨格を際だたせるような編集がされている。そしてそのことはスーザン・ソンタグが「隠喩としての病」で批判したように、病気を特別視し、過度に文学化(物語化、神話化)するような不健康な表象に繋がっていくのである。 続きを読む

医療解放構想

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梅雨明けはまだか。夏を待つ週末。でも梅雨が開ける前にやることがある。蝉どもが喧しく鳴き始める前に静かに音楽を聞くこと。ここ石神井公園の夏は蝉の声で充満し、スピーカーから出てくる音の高音部が聞き取りにくくなるほどだ。特にドラムスのハイハットの切れがマスクされ、リズムのタイトさが劣化する。蝉が来る前に音楽を聞かねばならないし、その後は蝉が去るまで、秋まで待つしかなくなる。というわけで音楽を聞き込む週末になった。

そして昨日は選挙。今回の参院選はとにかく盛り上がりにかける選挙だった。いつのまにかなんとなく始まり、そして大方の予想通りの結末を確認するだけで終わった。だが、民主党の政治家というのはどうしてこうもやり方が稚拙なのか。長年の野党体質が染み付いてしまったせいか、権力行使の局面でぎこちなくあたふたするだけのように見える。「柄に合わない」ことを無理にやっているように見える。その場逃れの弥縫策しかないのか。今必要なのはビジョンドリブンな政策を提起できる政治家だが・・・・・。

さて、昨日の朝日新聞beを眺めていたら、次のような記事が目に入った。タイトルは「医師の技術や知識を人々に解き放ちたい」というもの。 続きを読む

医療情報システムと消費者・患者参加

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米国政府は医療IT化刺激策“HITECH Act”で病院のEHR導入を促進しようとしているが、最近これに関連する広報活動について、PR代理店Ketchumと二年間で2,600万ドルの契約を結んだ。昨年来、”HITECH Act”やEHRの「意義ある利用」について、政府や医療IT業界で盛んに議論が行われてきたのだが、一方では、これら議論から消費者や患者がほとんど除外されていることが問題視されるようになってきている。各種調査を見ても、消費者や患者の医療IT導入問題に対する認知や関心はかなり低いことがあきらかにされている。今回の契約は、このような現状に対する広報活動の必要性が認識されたためだとされている。

先月ワシントンDCで開かれたHealth2.0コンファレンスにおいても、いくつかの患者支援団体から、政府の医療IT導入計画に消費者・患者が参加することの必要性が強く指摘されたようである。これら「消費者、患者の不在」という批判は、従来から医療機関で進められてきたEMRやEHRの導入にも向けられはじめている。これまでこれらシステム導入の計画段階で患者視点が盛り込まれることはなく、また出来上がった医療情報システムから患者向けサービスが提供されることもほとんどなかったわけだ。 続きを読む

医療経済-福祉厚生社会と伊藤計劃

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先月6月18日、政府は「新成長戦略~「元気な日本」復活のシナリオ」を閣議決定した。この中で「強みを活かす成長分野」として以下の三分野があげられている。

(1)グリーン・イノベーション
(2) ライフ・イノベーション
(3) アジア経済

この「(2)ライフ・イノベーション」には「医療・介護・健康関連産業を成長牽引産業へ」との副題が付されている。昨年来、政府は医療・介護分野を「成長の柱」として位置づけてきたのだが、こうも声高に「医療を成長分野に!」と言われてしまうと、なにか違和感を強く感じてしまう。たしかに特にバイオ先端技術などが次世代成長分野であることは間違いないのだが、それでも「医療・介護で経済成長!」などとハデにブチ上げられると、そのお手軽で軽薄な調子の良さに居心地の悪さを覚えるのだ。

そんなことを考えているさなかに、たまたま書店で手に取った「ハーモニー」(伊藤計劃、早川書房)には、まるで当方の心を見透かすかのように、以下の紹介文が付されていた。

「一緒に死のう、この世界に抵抗するために――」
御冷ミァハは言い、みっつの白い錠剤を差し出した。21世紀後半、〈大災禍〉と呼ばれる世界的な混乱を経て、人類は医療経済を核にした福祉厚生社会を実現していた。誰もが互いのことを気遣い、親密に“しなければならない”ユートピア。体内を常時監視する医療分子により病気はほぼ消滅し、人々は健康を第一とする価値観による社会を形成したのだ。そんな優しさと倫理が真綿で首を絞めるような世界に抵抗するため、3人の少女は餓死することを選択した ──。
それから13 年後、医療社会に襲いかかった未曾有の危機に、かつて自殺を試みて死ねなかった少女、現在は世界保健機構の生命監査機関に所属する霧慧トァンは、あのときの自殺の試みで唯ひとり死んだはずの友人の影を見る。これは、“人類”の最終局面に立ち会ったふたりの女性の物語 ──。『虐殺器官』の著者が描く、ユートピアの臨界点。

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Gov2.0と公共医療データオープン化の進展

HHS_Gov2.0

(HHS米国保健社会福祉省の公共医療データオープン化概念図)

先月、米国ワシントンDCで「Gov2.0 Expo」が開催されたが、米国政府が持つ公共医療データなどを民間で自由に活用する機運が生まれている。このGov2.0ムーブメントは、Web2.0の提唱者であるティム・オライリー氏が中心となって米国政府を巻き込む形で進められているが、「Gov2.0 Expo」でオライリー氏自身は次のようにGov2.0を語っている。

政府はこれまでの形態を変え、政府自体がプラットフォームにならなければいけない。

今までの政府は「自動販売機」のようなものだった。市民がお金を払うことでサービスを享受するイメージ。しかし、Gov 2.0は政府が“enabler”(実現する人・もの・要因)になる必要がある。

Appleは自ら“enabler”になり、AppStoreというプラットフォームを立ち上げたことで、20万個以上のアプリがリリースされた。20万個のアプリの中でAppleが作ったアプリは20個以下だ。

天候の情報は政府が公式に提供しているから、その情報を加工してテレビ局やウェブが天気予報を独自に作ることができる。そういう発想がGov 2.0そのものだ。

義務教育やマーシャル・プラン、レーガンのGPS技術を導入など、過去に実現された偉大な政策を振り返ってみると、いつも大胆な発想の転換が求められてきた。偉大な政策を達成するには時間がかかるし、大胆でなければいけない。勇気が必要になるのだ。

現在の米国は、温暖化問題や医療改革、教育問題など様々な問題を抱えている。そうした問題に対処するには「今あるシステムをアップグレードする」という発想を捨てて、一から作るという発想が必要になる。Gov 2.0もそういうものだ。
BLOGOS、津田大介氏特別寄稿「Gov 2.0 Expo」速報レポート2日目

公開された公共医療データに基づいて、さまざまなアプリケーションやサービスが登場しつつあるが、「Gov2.0 Expo」ではIOM(国立衛生研究所)の「Pillbox」 が紹介された。 続きを読む