どうして医療ソフトウェアがタダになるのか?

FREE

話題の書「フリー <無料>からお金を生み出す新戦略」(クリス・アンダーソン)を大変興味深く読んでいる。医療関連のケーススタディとしては、このブログでも紹介した「無料EHR」のPractiseFusion社が取り上げられている。

2007年11月以降、サンフランシスコに拠点を置く新興企業のプラクティス・フュージョン社の無料ソフトウェアに、数千人の医師がサインアップして、電子カルテと医療業務管理ツールのシステムを利用している。そうしたソフトウェア製品は通常5万ドルはする。なぜ同社は電子カルテシステムを無料で提供できるのだろうか?(同書、139ページ)

この問に対する答えは次のようなものである。

データを売るほうが、ソフトを売るよりも儲かる

医師一人当たり250人の患者を受け持つとすれば、最初のユーザー医師2,000人から50万件の医療データが集められる。このデータを匿名化し医学研究機関に売ると1件あたり50ドルから500ドルで売れる。もしも1件あたり500ドルであれば売上総額は2.5億ドルになる。これは医師2,000人に対し、5万ドルのEHRシステムを売って得られる1億ドルよりも大きな収入である。また、PractiseFusion社のEHRはAdSenseなど広告掲載タイプが無料、広告なしタイプが月額使用料100ドルという「フリーミアム+広告」モデルであり、この両者からの収入も加算されるわけだ。

同社の場合、どちらかと言うと後者の「フリーミアム+広告」モデルに注目が集まったのだが、あくまでもビジネスのコアに位置づけられているのはデータ販売なのである。また、これまで大手ベンダが扱ってきたプロプライエタリなEHRシステムは高価で、しかもデータはそれぞれの医療機関ごとに分散蓄積され、データが本来持っている価値は十分に発揮されることはなかった。だがPractiseFusion社は、クラウド型のEHRを投入し、データを医療機関から一箇所に集めることに成功した。このことによって「データの流動性」が確保され、データは本来の価値を取り戻しマネタイズされることになったのである。昨日エントリでも触れたが、これはまさに「データは次世代のインテル・インサイド」であることの典型的な例と言えよう。ティム・オライリーは次のように記している。

コアデータをめぐる争いはすでに始まっている。こうしたデータの例としては、位置情報、アイデンティティ(個人識別)情報、公共行事の日程、製品の識別番号、名前空間などがある。作成に多額の資金が必要となるデータを所有している企業は、そのデータの唯一の供給元として、インテル・インサイド型のビジネスを行うことができるだろう。そうでない場合は、最初にクリティカルマスのユーザーを確保し、そのデータをシステムサービスに転換することのできた企業が市場を制する。(「Web 2.0:次世代ソフトウェアのデザインパターンとビジネスモデル」,2005,ティム・オライリー)

EHRに蓄積されるデータが医療におけるコアデータであることを、PractiseFusion社は見抜いていたのである。同様に「患者体験データ」も、医療におけるコアデータの一つである。もちろん患者体験データを右から左に売るようなことはないとしても、大量に確保されたデータを土台にすれば、従来にない新しいサービスの創造が可能となるはずだ。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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