昨年、インテル、ウォルマート、ブリティッシュ・ペトロリアムなど、欧米巨大企業がPHR共通プラットフォームを作るために大挙結集したコンソーシアム”DOSSIA”。しかし、この夏にはシステム開発をめぐって、コンソーシアムと開発委託先であるOmnimedixとの間に訴訟が持ち上がり、その行く手には暗雲が立ち込めたのである。
その後、DOSSIAコンソーシアムはOmnimedixとの関係を清算し、新たな開発パートナーを探していたのだが、去る9月17日、ボストン本拠のCHIP(the Children’s Hospital Informatics Program)とパートナー契約を結ぶことを発表した。CHIPはハーバードメディカルスクールが運営するボストン子供病院における調査研究プロジェクトであるが、90年代半ばより患者中心PHRの研究を進め、“Indivo”と呼ばれるオープンソースのPCHR(Personally Contorolled Health Record)システムを開発している。今回のパートナー契約によりDOSSIAコンソーシアムは、そのPHRシステムのコアに”Indivo”システムを採用することになったわけである。
「Indivoは”Personally Contorolled Health Record”であり、患者が自分の医療記録の完全でセキュアーなコピーを所有することを実現するものである。Indivoは医療機関サイトの垣根を越え、長期にわたって医療情報をまとめあげる。」
「Indivoシステムは、医療記録が患者と共にあるという点、そして患者が医療機関、医師、研究者や他の医療情報のユーザーに使用許可を与えるという点で、今日の医療記録のアプローチの仕方を根本的に逆転したものである。Indivoは分散型でウェブ・ベースの個人管理電子医療記録であり、移動の多いユーザーがユビキタスにアクセスでき、パブリック・スタンダードに準拠し、オープンソース・ライセンスのもとで利用できる。」
このようにIndivoは、単に”PHR”とは表記せず、”PCHR”、つまり特に”Personally Contorolled”と断って「個人管理権限」を強調しているところに特徴がある。これは個人医療情報の所有権が、その個人本人にあるという至極当たり前のことを語っている。だがその「当たり前」のことが、医療界をはじめ医療IT業界や官庁では長らく「当たり前」ではなかったのである。日本では、おそらく今でさえ「当たり前」ではないだろう。
「Indivoは、医療情報の患者によるコントロールと所有権を厳格に重視しており、このコントロールを与えるためのきめ細かい技術インフラを提供する。それゆえに、われわれはIndivoを述べるとき”personally controlled health record” という用語を使うのである。」
これらIndivoの概略説明を読むと、強い既視感に襲われる。かつてアダム・ボスワース氏が、GoogleHealth開発途上で常に「患者医療情報は患者自身のものだ」と主張していたからだ。だが、ハーバードメディカルスクールでは90年代半ばから、このような厳格な患者中心主義のもと、医療情報システムの研究開発が進められていたというのだから驚く。
「Indivoはアクチュアルな医療記録であり、ポータルではない。ポータルはしばしば医療機関から提供されるのだが、これらは患者がそれを通して医療機関に保存された自分の医療データの一部を覗き見る『窓』ではあっても、患者がそのデータを所有することもコントロールすることもできないのだ。」
今日、EHRやEMRなど不揃いで複数の仕様の業務システムによってフラグメンテーションを起こし飛散してしまった個人医療情報を、一か所に集約するものとしてPHRは注目され始めている。だが、PHR自体の標準仕様化がまだ整備途上であることがボトルネックになり、生活者・患者に浸透するまでには至っていない。HL7をはじめ様々な標準化の努力は続いているが、いずれにせよ相互運用性と将来へ向けたフレクシブルな拡張性が要求されよう。もともとDOSSIAコンソーシアムは、これら多様な既存システムとの相互運用性を意図して起動されたのだが、そのために開発着手されたOmnimedix版システムは失敗に終わった。そしてIndivoが指名されたのだが、Indivoの場合、すでに開発されたシステムであり、現に各所で稼働しているという実績が強みになっている。さらにIndivoは他のシステムとのデータ連携に強みを持っているが、徹底したメタデータの活用などXML技術の利用に負うところが大きいようだ。
DOSSIAコンソーシアムとのパートナー契約後も、Indivoはオープンソース・ライセンスを保持し続けるとのことである。最近米国ではEHRのほうも、やはりオープンソースの”WorldVistA”が優勢になりつつあるようだが、あるいはこれからの医療IT導入は、コスト優位を活かしたオープンソースの時代に突入しつつあるのかもしれない。
いずれにせよ巨大企業のPHRコンソーシアム”DOSSIA”が、オープンソースの”Indivo”を採用したことは今後のPHR市場に大きな影響を与えるだろう。
<参考>
「DOSSIAプロジェクトの危機」
「PHRの共通基盤になるか、DOSSIAプロジェクト」
三宅 啓 INITIATIVE INC.