これまでの日本のウェブ医療情報サービスというものを振り返ると、医療情報空間にばらばらに存在する個々の「固有名詞グループ」を集めてリスト化する、ということで終わっているケースが多いことに気づく。たとえば医療機関検索サービスは、医療機関という固有名詞グループのリストを作って検索しやすいよう便宜を図っているのだが、いったん作られた病院やクリニックのリストは、それ以上他のデータと結び付けられることはない。
このことは、病名、薬品など他の固有名詞グループについても同様である。かくして、病名事典や薬品事典の類が、互いに結び付けられることなく、ウェブ上のここかしこに店を開くことになる。そして、これら医療関連リストを複数集めて、WebMDに代表されるような医療ポータルが形成されることになる。医療関連のウェブサービスを乱暴に圧縮して概観してみると
- 医療関連の情報をリスト化する: 病名、病院、薬、団体他
- 複数のリストを集めた医療ポータルなど医療情報提供サイトが形成される
この2段階で終わっていたと考えられる。医療ポータルという量的な集積を持つためには、これに雑誌ライクなコンテンツが加えられるケースが多いが、基本は以上の2段階である。まず指摘できるのは、このような状態ではほとんど差別化が困難であるから、医療検索サービスに顕著なように、どのサイトも大同小異に同質化してしまうということである。これは、ISP系ポータルの医療健康コーナーなどの現状を見ても言えるだろう。
このように医療に関連する固有名詞グループをそれぞれ単独に扱っている限り、これまで以上の新しい医療情報サービスを創り出すことはむつかしい。しかもユーザーニーズを考えてみると、ユーザーがほしい情報は、病院なら病院という個別に切り離された固有名詞ではなく、自分の病気について意思決定を支援するような「意味」をもった情報である。病名、治療方法、薬、病院、医師などの各固有名詞グループが、相互にジョイントした総合性のある情報なのだ。
病院、病名、薬、治療法などの固有名詞グループそれぞれが単独で切り離されて存在しているのでは、ユーザーの医療選択になんの役割も果たすことはできない。それらはそれぞれ医療情報空間を構成する固有名詞ではあっても、ユーザーの意思決定を支援する「意味を持った情報」ではないからだ。固有名詞は、あるコンテクストに配置されたときに「意味」を生み出すが、単なるリストに封じ込められている状態ではユーザーに「意味」を語ることはない。
では、固有名詞が配置されるコンテクストとは一体何か。それは患者体験である。医療情報空間を構成する固有名詞グループは、患者体験というコンテクストに配置されて、はじめて「意味」を語り出すのである。別の言い方をすれば、それぞれの固有名詞グループを相互に連結させるものは患者体験である。
今後、われわれは「闘病記」というパッケージを越えて、闘病体験や患者体験というものを扱うようになるだろう。それによって病名、医療機関、薬、治療法など、すべての医療関連固有名詞をジョイントすることになるだろう。そして、それぞれの固有名詞がユーザーにとっての具体的な「意味」を語り出すようにするだろう。病院検索サービス、薬品DB、病名事典などを、患者体験によってジョイントしていくこと。これが従来の医療情報サービスの限界を乗り越えていく方法なのだ。患者体験を軸に医療情報空間を再編し、ユーザーにとっての新しい価値を創造するのだ。
医療情報空間のさまざまな固有名詞を患者体験によって連結させ、ユーザーにとっての「意味」を語り出すようにアクティベートすること。これが今後の新しい医療情報サービスのコンセプトだと思う。
三宅 啓 INITIATIVE INC.