4月6日-7日にパリで開催される“Health2.0 Europe” の概要が固まってきたようだ。 今回、ヨーロッパ側のホストを務めるのはフランスの医療ITコンサルタント会社Basil Strategies のDenise Silber氏だが、先週「Health2.0ブログ」に「レーティングかナラティブか?それが問題だ」 と題するエントリを寄稿している。
このエントリを一読してみて、まず「レーティングとナラティブ」という対比が当方には意外だった。このような対比が問題提起されたのは、おそらくはじめてではなかろうか。だが、このような対比が持ち出されたのは、あえて「米国vs欧州」という対立図式をつくりだすためではないかと思われる。すなわち
「米国=レーティング」 対 「欧州=ナラティブ」
という図式のもとに、Health2.0議論を豊富化したいとの意図があってのことだろう。
そう考えると一応は納得できるのだが、でははたして「欧州=ナラティブ」というのは事実なのか。Denise Silber氏は、英国の患者による医療機関評価サイト“Patient Opinion”とフランスの“Guide Sante” を「ナラティブ」の実例としてあげている。”Patient Opinion”は初期の当方ブログで紹介したこともあるが、まさかこれが「ナラティブ」つまり「患者の語り」サイトだと考えたことはなかった。
当時、英国NHSはCHIなど非営利団体を通じて、ピッカーメソッドの患者経験調査をNHS傘下全トラストを対象に実施しており、すでに患者が経験した「事実」にもとづく全国各病院のレーティングをネットで公開していたのである。そしてたしかに、その後から登場した”Patient Opinion”は、これらレーティングの不十分なところを「患者の声」によって補完し、病院のサービス改善に寄与しようとする試みであったことはまちがいない。
しかし、「患者の声」とはいっても実際に”Patient Opinion”に集まっているのは、ほとんどが非常に短い患者コメントであり、Denise Silber氏が言うような「Patient Story」ではない。これら短い病院評価コメントの問題点は、「短いコメント」であるがゆえにそのコメントの信頼性を判断しにくい点にある。たとえば一定量以上のエントリ数を有するブログなら、それらエントリ全体を参照することによって、その筆者の人物像、ライフスタイルさらに教養まで十分に推測することができる。つまりそれらエントリ全体の情報量とテキストの質が、そこに書かれた「病院評価コメント」の信頼性を担保するという構造になる。これに対し短い評価コメントは、「全体」のコンテクストから切り離されているために、その確からしさを裏付けるものは何もないのである。
そしてもう一つ、「ナラティブ」という言い方だが、Denise Silber氏はWikipediaの“Narrative Medicine”を引きながら説明している。これは日本でここ数年言われてきた「ナラティブ・ベースト・メディスン」とあまり関係はなさそうである。(ちなみに、”Narrative Based Medicine”という項目はWikipedia(英語版)に存在しなかった。)
いずれにせよ、医療評価は事実の数値化だけで完結するものではなく、あわせて患者体験の定性的な把握が必要である。まして米国と欧州が、患者体験の定量表現と定性表現をめぐり対立しているわけでもない。UGCとしてネット上に大量に出現してきた患者体験について、まだその分析技術も活用ノウハウも十分には確立していないし、患者経験調査など数値データとの統合利用の開発がやっと求められ始めたということだ。これが医療評価をめぐる米国と欧州の現状である。では日本はどうか。日本では、まったく何も始まっていない。
三宅 啓 INITIATIVE INC.