患者中心医療とPHR

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年末のエントリーで医療界において頻繁に使用される「患者中心医療」という言葉が、現実には空々しいスローガンにしか過ぎず、医療現場において何の実体もないではないかと指摘しておいた。患者のみならず、顧客やユーザーが「中心」に位置づけられるのは他の全ての産業では「常識」であり、ことさら改めて言うまでもないことなのだが、医療ではそうではないからこそかくも頻繁に用いられるということか。また、これはおそらく「患者様」呼称と同じような種類の問題であり、生活者や患者側は容易にその虚構性を見抜いているのだが、医療界だけがそれに気づいていないということか。

だが、医療IT化を考える際にこそ、この「患者中心」という考え方は単なるスローガンというレベルを超え、活かされなければならないのではないか。たとえばPHRだが、「患者中心」という考え方がなければ、おそらくPHRも存在しなかったはずだ。医療IT化は、まずEMRやEHRなどの情報システムとして構想されてきた。これらは多分に医療機関の作業効率化を目的とした業務システムという性格を持ち、単独あるいはグループ医療機関の内部で自己完結するような「システム」であった。その意味では、およそ80年代-90年代を通じて、様々な業界のほとんどの企業が導入した「OA化」とさして変わりはない。

「医療エスタブリッシュメントが、まだインターネット時代に完全に飛び込んでいないのは明白である。自動車修理業界から航空機製造業界にいたるまで、われわれの医療制度は産業界のすべての業界の後塵を拝しているのだ。これという理由もなしに。」(HHS(米国保健社会福祉省)マイケル・レビット長官)

企業のOAシステムと同じく、EMRやEHRは医療機関の業務上発生する様々なイベントに関するデータを効率よく記録する。つまり診察、手術、検査などの「業務」によって発生するデータを記録するという意味では、これらは「業務ドリブン・システム」と言えるだろう。だがよく考えてみると、これらのデータの起点は「業務」ではなく「患者」のはずである。別の言い方をすれば、医療のすべての業務行為の連鎖は、本当はすべて患者から始まっている。そもそも患者が存在しなければ、医療も存在しないのだ。このように考えると、医療IT化というものも「業務ドリブン」ではなく、本当は「患者ドリブン」であるべきなのだ。

この「患者ドリブン」のことを「患者中心」と言ってもかまわないだろう。もしも病院の「業務」を中心において、その周囲に患者が「業務の順番を待つ」という図式が成立しているとすれば、それは「患者中心医療」ではないだろう。それは医療者のコマンド&コントロール権の下に行われる「業務中心医療」と言うべきだろう。そしてそれに対応する業務システムがEMRやEHRである。これらは基本的に当該医療機関内部で行われる業務についてのデータしか捕捉できないから、外部の他の医療機関における同一患者のデータには無関心にならざるを得ない。つまり患者のある時期の姿を部分的にキャプチャーするのみであり、患者の全体像を時系列で把握することは不可能なのだ。

これと逆の発想がPHRである。PHRは患者を中心に置いて、その周囲を様々な医療機関が複数取り囲むという図式でイメージされる。すべての医療データは患者から始まるのであり、各医療機関はあたかも患者発のデータを捉えるセンサーのように存在する。そして、別々の複数のセンサーでとらえられたデータは、すべて中心に位置する患者のもとへフィードバックされ、通時的な患者像として記録されていく。これがPHRである。たとえて言えば、さまざまな鏡の破片に分解し飛散した患者像を、一つの全体像にまとめ上げるようなイメージになる。ジグソーパズルを完成するようなイメージになる。

これまでのEMRやEHRは、ジグソーパズルのピースのいくつかを、それぞれの医療機関で保存するようなものであった。もちろんかつての「OA化」が、企業活動の情報化にとって必要な段階であったのと同じく、医療の業務効率化に寄与するEMRやEHRの価値までは否定できない。だが、医療データは患者起点であり、患者アイデンティティーのもとへと統合されない限りはその価値も発揮されないのだ。

「患者中心医療」を医療ITに適用するとすれば、EMRやEHRも、PHRへの統合というビジョンのもとに構想されるべきなのだ。

Photo:”Stawberry Fields Forever” by bucklava

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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