「完全無欠システム」から「ブリコラージュ」へ

先日、リチャード・マクマナスの「Read Write Web」に「PracticeFusion」の話題が取り上げられていた。当ブログでも昨春エントリで紹介してあるが、PracticeFusion社はGoogleの広告システムAdSenseをウェブベースのEMR(電子カルテシステム)に配信することによって、無料で診療所にEMRを提供するサービスを開始している。米国では、標準的な診療所に電子カルテシステムを導入しようとすると、約2万ドルかかるといわれている。これは経営規模の小さい診療所にとっては大きな負担であり、「医療IT化」が進まないのも導入コストが高すぎるせいだと指摘されてきた。

だが実はPractiseFusion社以外にも、RemedyMD社をはじめ無料のEMRあるいはEHRを提供するシステムベンダは存在する。大規模医療機関などにも対応できるオープンソースのEHRとしてはOpenVistARPMSが有名だ。このように今後の医療IT化は、PracticeFusion社のようなウェブベースの無料システムやOpenVistAのようなオープンソース利用がどんどん進むとみられている。システムの導入と運用にかかわるコストは医療コストに直結するものであるから、これを低く抑えることは国民医療費の削減にも寄与するはずだ。

またコミュニティサービスの分野でも、米国のNINGや日本のOpenPNEのようなオープンソースのソフトを使えば、誰でも無料で簡単に自前の患者SNSを構築することができる。疾患ごとに組織されている患者会などでこれらオープンソースソフトを活用すれば、手軽に会員向けSNSを立ち上げることができ、会員間コミュニケーション・ツールとして活用できる。

このように、導入に2万ドル必要だったEMR(電子カルテ)が無料で使える時代である。大手ITベンダから調達すれば数百万ドルかかるEHRが、OpenVistAなどオープンソースを使えば圧倒的低コストで構築できる時代である。見回せば、医療分野にも「Freeの風」は吹いて来ているのだ。これらを上手に使えば、これまで高価で手が出せなかったシステムやサービスが無料か驚くほど低価格で実現できる。

従来、医療ITと言えば「セキュリティとプライバシー」など問題が条件反射的に立ち上がり、必要以上に厳格厳密で、おまけにべらぼうに高価な「完全無欠システム」が設計・供与されてきた。だが皮肉にも、実はこれらが医療IT化の推進を阻んできたのである。

今、医療の分野にも「Freeの風」が吹いているなら、無理にそれに逆らうことはない。素直にその風の力を借りて、知恵と創造性を最大限使い、われわれはかつて文化人類学者レヴィ=ストロースが提起したブリコラージュ(器用仕事)を始める時期に来ているのではないか。

ブリコラージュ(Bricolage)は、「寄せ集めて自分で作る」「ものを自分で修繕する」こと。「器用仕事」とも訳される。元来はフランス語で、「繕う」「ごまかす」を意味するフランス語の動詞 “bricoler” に由来する。

ブリコラージュする職人などの人物を「ブリコルール」(bricoleur)という。ブリコルールは既にある物を寄せ集めて物を作る人であり、創造性と機智が必要とされる。また雑多な物や情報などを集めて組み合わせ、その本来の用途とは違う用途のために使う物や情報を生み出す人である。端切れから日用品を作り出す世界各国の普通の人々から、情報システムを組み立てる技術者、その場にあるものをうまく使ってピンチを脱するフィクションや神話の登場人物まで、ブリコルールとされる人々の幅は広い。(ウィキペディア「ブリコラージュ」

以上を読むと、そもそもマネジメント(Management)という機能が、ブリコラージュそのものであることがわかる。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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