4.破壊的(disruptive)可能性
GH(Google Health)は、既存の医療業界関係者の経済的利益に対して非常に破壊的(disruptive)になるだろうと言われる。GHがいかにさまざまなプレイヤーに影響を与えるかを、ここで一覧してみよう。
もしもGoogleがセキュリティとプライバシーの懸念をうまくかわすことができれば、(GHによって患者・消費者の)利益は大きく増大する。
顕著な利益を受ける。彼らはGHを、HIT(医療情報技術)の相互運用性、透明性、そして多数の消費者の意思決定参加へ向けた重要なステップとして見るだろう。
たいていは好ましい影響を受ける。だが、GHはドクターにとって理解しにくいかもしれない。
- GHは医師の伝統的な用心深さをうまくかわして、早急な導入を勧められるるだろうか?
- GHは、医師のワークフローを変えるに充分なほどの期間、医師の注目をひきつけられるだろうか?。医師の全国組織はここでリーダーシップを発揮するかもしれない。
- GHは、プライマリーケア医師が促進している家庭医療モデルと相乗効果を持つ。プライマリーケア医師が、ケアの提供と調整における重要な役割を回復する機会を、GHは創出する。
損得入り混じる状態。
- GHはプロプライエタリな情報技術に異議申し立てする。多数のヘルスプランは彼らのプロプライエタリITシステムを既に持っている。彼らはプロプライエタリITを競争優位の源泉と見ている。GHは共同利用できる情報交換を促進するだろう。そしてそれゆえに、GHは多数のヘルスプランの現状の思惑に楯突くことになるだろう。
- GHはヘルスプランの「ナビゲーター」戦略に異議申し立てする。多数のヘルスプランは、患者の代わりに医療制度のナビゲーターとして自分自身を位置づける戦略をとっている。これは良い戦略だが、患者自身が医師と共に、あるいは医師抜きで、医療制度のより良いナビゲーターになれば、GHは(ヘルスプランのナビゲーター戦略の)土台を壊していくだろう。
- GHは、ヘルスプランのコスト抑制とクオリティ改善のスピードを上げる。医療情報技術導入進展による経済的利益は、ほとんどがペイヤー(保険者)のものとなる。the Markle Foundationは、(IT導入の)経済的利益の89%がペイヤーのところへ行くと見積もっている。GHは広範囲の医療情報技術導入の触媒となるだろう。そしてそのことは(ヘルスプランが)小躍りして喜ぶことなのだ。
- ボトムライン(最終帳尻):ペイヤーは(GHとの協働に)二の足を踏むだろう。(たいていは非公式に)。しかし、抵抗は役に立たず、GHがコストとクォリティに関する多くの利益を提供することを早急に認識するだろう。
大混乱、しかし、彼らは気づきあるいは反応することができないだろう。
- 病院はコスト抑制の最大のターゲットである。入院、救急、診療手順を減らすことは医療コスト抑制戦略の最大のターゲットである。
- しかし、患者健康情報の適切なフローによって入院が回避されることを、病院は一体どうやって知ることが出来るだろうか。
5.まとめと感想
以上、Vince Kuraitis氏のブログ・エントリーをもとに、私見も交えて”Google Health”の予想をしてみた。三回にわたってエントリーを書いているうちに改めてわかったのは、GHについては、既に相当の情報が公開されているということ。これらピースを丹念に組み合わせていけば、ほぼ正確な全体像が現れるわけである。
だが、三回のエントリーを書き終えて、何となく判ったような気になっているものの、逆にはっきりしない点も多い。技術モデルは割と明確になっている。だがビジネスモデルはまだ不明な点が多い。
特に問題は、「PHRのアキレス腱」と指摘されたポイント。データ入力の問題なのだが、ここに触れられていない大きな問題がある。それは、「あちこちに散在している個人医療情報」をどう集めるかである。「集め方」の問題ではなくて、それは「散在先の了承」をいかに取り付けるかの問題だと思える。GHが個人医療情報の提供を依頼したとしても、では果たして、たとえば病院側は快く情報提供をしてくれるだろうか?。たとえば健康保険団体は被保険者の情報を提供してくれるだろうか?。
「あちこちに散在する個人医療情報」をGRに集約しようとするなら、おそらくユーザー個人が関係先へデータ提供申請をしなければならないだろう。これは手間だ。そしてユーザーは手間を嫌う。この問題をGHはどう解決するつもりなのだろうか?。
このように考え出すと疑問点が湧き出してくる。「ネットワーク効果」と「デファクト化」で強行突破できるとVince Kuraitis氏は見ているようだが、そううまく行くものだろうか?。
しかし、この「予想」は非常に有益だと思う。まず、PHRへアテンションを向ける必要性がこれでわかった。Googleのような、医療界から見れば「外部プレイヤー」が、医療関連市場に参入するためにはエンド・ユーザーをターゲットにするしかないだろう。医療市場におけるプレイヤーは、それぞれ、それこそ「プロプライエタリ」な関係性に縛られており、後発プレイヤーが入り込む余地はないのだ。
また、「EHR-RHIO-NHIN」などと構想されている医療ITシステムであるが、ここから完全に抜け落ちているのが患者・消費者個人を直接対象とする医療情報システムである。アダム・ボスワース氏が個人医療情報の「消費者主権」を提唱しているのも、医療ITシステム上でフローする個人医療情報の帰属とその使用権をめぐる議論が欠落している現状に対する批判が、そもそもGHの発想の根元にあることを示している。GHというPHRで患者・消費者側のプラットフォームを打ち立てることにより、これら「医療IT狂騒シーン」に楔を打ち込もうというボスワース氏の考えは、非常に良くわかるし共感できる。
また、今回、GH予想を米国ブロゴスフィアで見ているうちに、医療改革とGHがペアで論じられるシーンにしばしばでくわした。単なる2.0系新サービスの登場予想というよりは、深刻な米国の医療危機を解決する救世主のようなものとしてGHが待望されていること。そして、その大きな期待を集めるGoogleという企業の社会的プレゼンスの大きさを、改めて認識させられた次第である。
さてGoogle Health。予想は当たるのか?。
(了)
関連ページ
三宅 啓 INITIATIVE INC.