アンディ・グローブの医療改革提言

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シリコンバレーで最も信望の厚い伝説的経営者といわれ、インテルの創立者にして前会長兼CEOのアンディ・グローブ氏が、最近、積極的に医療改革の発言をしている。

波乱万丈の人生を行くアンディ・グローブ氏

どうやら米国IT業界経営者は、本業を引退してから医療界に興味を示し、さまざまな形で医療界にかかわっていくケースが多いようだ。中でも国際医療の大規模ファンドを創設したビル・ゲイツ氏、医療ポータル”RevolutionHealth”を最近立ち上げたAOL創設者スティーブ・ケース氏の例が有名だが、アンディ・グローブ氏もまた米国医療制度改革に一石を投じる問題提起を始めて話題になっている。

アンディ・グローブ氏といえば第二次世界大戦時のヨーロッパにおけるホロコーストを生き延び、1956年のハンガリー動乱では学生としてソ連軍侵攻に反対し、その後米国へ亡命してから苦学の末、インテル社の創立メンバーに参画するなど、非常に数奇な人生を歩んできたカリスマ経営者として知られる。

グローブ氏は10年前に前立腺がんにかかり、その時以来、医療制度に興味を持つようなったようだが、最近は軽症のパーキンソン病にかかっていると告白している。ITビジネスの有能経営者であった経歴にふさわしく、グローブ氏の医療改革提言もやはり非常に現実的でシンプルであり、その上コスト・ファクターを直視した提言になっている。

米国医療改革へ向けた三つの処方箋

現在米国医療が直面する主たる問題は、全米約5千万人に上ると推定される無保険者の存在と、年々うなぎのぼりに増大する医療費の二点である。最近の報道を見ていると、無保険者問題には「ユニバーサル・ヘルスケア」と呼ばれる国民皆保険制度の導入が必要だとの指摘が多い。また医療費増大問題には「IT導入によるコストダウン」が期待されているようだ。

だがアンディ・グローブ氏は、これら二つの問題にまったく違うアプローチをしているところが注目される。グローブ氏によれば、現在の米国医療改革への処方箋は、下記の三つの分野に分類される。

1.高齢者を出来る限り在宅で治療する
2.無保険者のためにリテール・クリニック網の拡充を図る
3.インターネットで個人医療情報を一箇所に集約する

まず最初の「高齢者在宅医療」であるが、アンディ・グローブ氏はこのことを「シフト・レフト」というコンセプトで提唱している。これは次グラフのように、縦軸に普通の日常生活からの距離をとり、横軸に一日あたりの医療コストをとって各医療現場をプロットしてみると、「自立生活」から始まり「病院ケア」に至る右肩上がりの直線が現れる。「シフト・レフト」とは文字通り「左方移動」のことで、なるべく自宅など日常生活のほうへ医療現場を移動することでコストを抑えようという考え方である。

ShiftLeft

次に無保険者の問題であるが、グローブ氏は「われわれは一方ではヒューマン・ゲノム・プロジェクト、テイラーメイド医療、がん戦争、サイバーナイフや幹細胞研究を行いながら、他方、診てもらう医師がいなかったり、のどの痛みを手当てできないでいる。これは非常に見苦しい光景だ。今日でも見苦しいが、今から五年後にはもっと見苦しくなろうとしている。」と現状米国医療のアンバランスを指摘し、直近の課題は医療ニーズの70-80%を占めるルーチン医療を提供することであり、そのために安価なリテール・クリニックを無保険者のために提供すべきだと言う。つまり保険制度の問題ではなく、どんな医療をどんな価格で提供するかが問題だと言うのである。したがってグローブ氏は「ユニバーサル・ヘルスケア」論議、すなわち日本や欧州のような医療保険制度に対しては懐疑的である。

最後に個人医療情報のインターネットを使っての集約の問題であるが、EHRやPHRなどさまざまなシステムが提起され試行されていることに対し、グローブ氏はむしろシンプルな技術を活用すべきだと説く。これもやはりコスト・ファクターを優先すべきだとの考え方に基づき、「ベーシックでノーマルなインターネットの利用をデフォルト・スタンダードにすべきであり、シンプルに徹することが重要なのだ。」としている。

さらに、過剰なセキュリティ・システム投資を批判し、「われわれは、データ遺漏や不正利用などと、うまくやっていく方法を学ばなければならないだろう。さもなければ、われわれは紙による記録の壁の後方へ後退するだろう。電子装置であれなんであれ、パーフェクトなシステムというものは無限の費用がかかるのだ。」と警告している。

また予防医学や予防キャンペーンと「シフト・レフト」の関連性を問われて、アンディ・グローブ氏は「予防医学はシフト・レフトではない。予防を(社会的に)実施するためには膨大な変化を起こすことが求められる。」とし、莫大なコストを要する予防キャンペーンを現実的ではないと見ている。

Doability(実行可能性)、Cost Effective(費用効率)への執着

アンディ・グローブ氏の医療改革への問題提起は、すべてDoability(実行可能性)とCost Effective(費用効率)という基本視点から導き出されたものであると要約できるのではないか。

ここには「医療はかくあるべき」とか「望まれる医療像はこうだ」などというスコラ議論はない。ジャーナリスティックな「正義と公正」を語るような「べき」論や、経済原理度外視の「期待」論などとは無縁の、現実的医療制度論が展開されているのである。

効果とコストの試算に基づかない議論をバッサリ斬り捨て、今すぐ実行可能な医療は何かにこだわり、「どんな医療を、どんなコストで、いかに提供するか」に着目しながら、常にシンプルな解を求める。こんなアンディ・グローブ氏の医療改革論が、日本では妙にまぶしく見える。しかし、日本の医療界ではあまり受けないかも・・・・。

Source: Wired(05.02.07)、San Francisco Chronicle(04.13.07)

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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