医療評価サイトが提起する問題

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今週は米国の医療評価サイトを二つご紹介しました。“Healthcare Facts”は食品や飲料の栄養成分表示ラベルの形式を使って、生活者に親しみやすく分かりやすい医療評価情報提供の工夫をしていました。一方、昨日取り上げた“CalHospitalCompare”はサイトデザインはシンプルながら、かなり本格的な病院選択が出来るように、包括的な医療評価情報を提供しています。

この二つのサイトは医療評価について対照的な考え方をしています。レーティング(格付け)に対する考え方が対照的なのです。”Healthcare Facts”はレーティングという考え方から意図的に離れ、「病院を評価する唯一最良の方法はない」という考え方を表明しています。つまり、何か客観的で絶対的な評価尺度があり、それによってすべての病院パフォーマンスが数値化でき比較できるという前提に基づく通常の医療評価観を、ある意味で否定しているかのようです。そのような「客観性」よりも”Healthcare Facts”が重視しているのは、むしろ利用者側の個人的で主観的ななニーズ、嗜好、あるいは都合などです。「誰にとっても妥当性のある客観的正当性」ではなく、あくまで「個人」にフォーカスした主観的正当性といえるかもしれません。つまり、病院選択は個人によってそれぞれの選択があってかまわない。そのような「選択の多様性」を重視し、利用者に用意することが大切だと考えているのです。

この利用者側の個人的主観的ニーズの尊重は、従来の医療評価の考え方を一新するものです。従来の医療評価は「構造-過程-結果」というドナベディアンのフレームワークをベースに構築されてきました。大まかに言えば、「構造」は病院の施設、組織、マネジメントであり、「過程」は診断・治療フローや業務フローであり、「結果」は臨床状態、機能状態、生活の質などを意味します。これらはどちらかといえば、医療提供者側の視点から見た医療パフォーマンス指標といえるでしょう。たとえば日本医療機能評価機構が実施している病院医療機能評価は、このフレームワークの「構造」と「過程」に焦点を当てて評価を実施しています。

伝統的なドナベディアンのフレームワークに対し、1980年代後半から「患者視点の医療評価」を提唱したのがピッカー研究所の患者経験調査でありました。この医療評価方法はその後、WHO、米国、英国をはじめ世界各国で採用されるようになってきています。そして、これをさらに推し進めたのが”Healthcare Facts”が提起している新しい考え方だと思えます。

それに対し”CalHospitalCompare”は、むしろ従来のフレームワークから測定されたデータを多面的かつ包括的に提示しようとしています。ただ従来と違うのは、ピッカーの患者経験調査を重視していることと、「安全性」の重視の二点です。特に「安全性」については、「病院には医療過誤や医療事故が事実として存在する」ということを前提にした医療評価を強く打ち出しています。つまり医療機関自体が「危険」な存在であり、そこから身を守るのは患者自身の責任であるということを言明しているのです。

このように医療評価の重点としての「安全性」を、「病院=リスク」という観点にまで進めて考えているところに、この”CalHospitalCompare”の新しさがあります。また「医療=安全」ではなく、「医療=危険」という事実を直視することを利用者側に要求するわけですから、当然、多面的なデータを開示して利用者側の危険回避を助けようとしているわけです。

このように、ご紹介した二つの医療評価サイトは、医療評価の新しい展開を予感させるような、新しい「質」を持っている試行であることに注目しておきたいと考えます。

では日本ではどうでしょうか。”Healthcare Facts”などはその「ショッピング感覚の病院選択」というスタイルが顰蹙を買う可能性は大です。”CalHospitalCompare”の場合は、まずこのようなプロジェクトを動かす組織体制作りが、日本ではかなり難しいような気がします。いずれにしても、アウトカム情報も、患者経験調査も、そもそも日本ではデータ自体が不備なので、このようなサイトを作れるわけがありません。この意味で日本の生活者、闘病者は不幸です。

「医療に100%安全を求めるのは患者側の妄信だ」という類の言説が医療事故をめぐって流布されていますが、そうであれば、あらかじめ自分たちの病院の「危険度」をデータできちんと開示して、利用者側の選択性を高める方策を講じてもらいたいものです。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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