前回考察の結論をシンプルに言いかえれば、「闘病ユニバースのサイズが、患者SNSなどのアクティブ・ユーザー数を決定する」ということだ。ここで言う「アクティブ・ユーザー」とは、患者SNSなどで実際に闘病ドキュメントを書いて公開し、積極的に他のメンバーと交流するユーザーのことを指す。
このことは、「闘病ユニバースのサイズ、3万から5万」という数字を上限として患者SNSサービスを組み立てる必要を示しているが、このような窮屈な数字を前提にしなければならないとすれば、患者SNSの事業化は最初から困難になる。
しかし一方で、たとえば我が国の高血圧の患者数は一説によれば4,000万人とも言われ、糖尿病患者数はその予備軍を含めると2,000万人に及ぶとも言われている。このような数字を見ると「3万から5万サイト」という闘病ユニバースのサイズはいかにも少なすぎるように思える。ところが、一般的な疾患別患者数と闘病ユニバースの疾患別サイト数の「違い」に注目しなければならない。TOBYOが採集した疾患別サイト・リストを見ればわかるが、一般的に闘病ユニバースでは、高血圧や糖尿病のようなコモン・ディジーズの闘病サイトよりも、まだ治療方法が確立していないような難病疾患あるいは希少疾患のサイトの方が多いのだ。
前回考察の「三つの条件」を思い出してほしいのだが、最初の条件は「自分あるいは自分の家族友人が闘病体験を持っている人」というものであった。ところでここでいう「闘病体験」をさらに疾患別に見てみると、実際には「(希少・難病系疾患の)闘病体験」という但し書きが付いているのだ。希少・難病体験者のほうが高血圧や糖尿病などのコモン・ディジーズ体験者よりも、圧倒的に闘病体験をネットで公開する率は高くなっている。これを別の言い方で表現すれば、「希少・難病系疾患の患者ほど、闘病ドキュメントを書き公開するモチベーションは高い」ということになるだろう。
だがモチベーションは高いが、一般的に希少・難病系疾患の患者数は少ない。逆にコモン・ディジーズは患者数は多いが、モチベーションは低く闘病ドキュメント公開率は低い。だからこれらの実情を反映して、闘病ユニバース総体は「3万から5万」という控えめな数字に帰結するのである。同様に、たしかに何百万、何千万という患者が存在するはずなのに、実際に患者SNSに参加するアクティブ・ユーザーは控えめな数にならざるをえないのだ。
このような状況に対し、最もうまく適応しているのがPatientsLikeMeである。PatientsLikeMeは他の患者SNSとは違い、ALS、HIV/AIDS、パーキンソン病、精神疾患など希少・難病系疾患にあえて特化した患者SNSである。これはフツウの患者SNS戦略から見て、かなり冒険的なチャレンジであるかのように見えるが、実は「希少・難病系疾患の患者ほど体験公開と共有のモチベーションは高い」ことを見抜き、うまく闘病者マインドと情報ニーズに適応することによって、世界で最も成功した患者SNSになっているのである。
私たちはTOBYOプロジェクトを進める中で、すでに2万3500件の闘病サイトを見てきている。おそらくこれは、これまでで最も多数の闘病ドキュメントを見てきたことになるだろう。これらフィールドワークに伴なう暗黙知の積み上げによって、次第に闘病ドキュメントというものや闘病者マインドやその情報ニーズについて、私たちはかなりの知見を得たと思っている。いつかこれら知見を、まとまった形で研究発表するときもあるだろう。
三宅 啓 INITIATIVE INC.