医師の役割を変えるHealth2.0

さまざまな人々がHealth2.0の定義にチャレンジしてきた。今もなおより良い定義をめぐって議論は続けられており、今後、定義自体がいっそう豊富化され成長していくと思う。今の時点で最も納得性があり、最もシンプルな定義は何かと言えば、それは「消費者参加型医療」と言えるのではないだろうか。ではこの「消費者参加型医療」だが、これはたとえば「患者中心医療」のような、具体的な内実を欠いた単なる言いっぱなしの「美しい標語」であっては困る。内実を持った実践的な実体として提示できなければならないのだ。では一体、消費者参加型医療の具体的な中身をどのように考えればよいのだろうか。

まず、消費者参加型医療という言葉をそのまま字句通り解釈すれば、医療プロセスの中へ消費者が参加し、消費者自身が何らかの活動を担うということになる。これは従来の「すべてお任せ」型のパターナリズム(父権主義)の医療からの訣別を意味するだろう。まず今日の消費者はネットを活用し、医療情報サービスなどから自分で必要な医療情報を収集することができる。これはすべての医療情報を医療者に依存し、ただ受動的に医療情報を受け取るだけの従来の立場から、情報面において消費者が能動的に自立するということだ。次に、たとえば各種検査なども医療機関まかせではなく、消費者が直接検査ラボに発注するということが考えられる。

今年のはじめに書いたエントリで、新しく登場したDTC検査サービス「MyMedLab」を紹介したが、まさにこのサービスは消費者が直接医療検査を発注することを可能にするものである。このように消費者参加型医療は、従来、医療機関にすべてを依存してきた消費者に、より能動的な役割を期待し具体的な実践を促すものである。このような医療への消費者参加がどんどん進められて行けば、当然、従来の医師の役割も変わらざるを得ない。

「MyMedLab」の事業化を指揮したのは、このブログではおなじみのスコット・シュリーブ医師である。Health2.0ムーブメントの中心的ビジョナリーとしても注目されるシュリーブ医師は、このような消費者参加によって変えられる医師の役割について、金融サービスになぞらえて次のように述べている。

30年前、金融アドバイザーの資格を持った者だけが金融アドバイスを提供し、口座開設、資産トレード、資金運用やポートフォリオ管理をおこなうことができた。それが今日ではどうだろう。消費者は今や金融情報(いくらでも手に入る)を読む能力があり、数分で口座開設をし、マウスをクリックするだけで資産を売買し、全世界の多数の口座間で現金を動かし、机を離れることなくすべての口座を単一ポータルで管理できる。
(Crossover Health,”Health Care Value Chain: Moving On Up!”,Scott Shreeve MD

このように金融セクターでは、この間、金融のプロが金融業界内部で処理していた多くのタスクが「消費者へ直接アウトソーシングされる」という事態が起きたのである。このことは、金融アドバイザーなど金融のプロの役割を変えることになったとシュリーブ医師は指摘する。

では、金融アドバイザーに対するニーズはなくなったのか。多数の少額あるいはDIYの投資家にとって、これら金融機能が消費者にアウトソーシングされることによって、金融プロに対するニーズは減少した。しかし、信頼できる金融アドバイザーの経験と知識というものは、専門的な援助や複雑な取引、あるいはハイエンドなサービスを求める者には、依然として重用されているのである。彼ら(金融プロ)は消えてしまわなかった。彼らは自分たちがやるべきこと、自分たちのサービスの提供の仕方、そして誰が自分たちの顧客であるかを、状況に合うように変化させなければならなかったのである。要するに、金融アドバイザーはバリューチェーンの上方へ移動しなければならなかったのだ。(同上)

もちろん、ここで言われている金融アドバイザーとは医師のアナロジーである。消費者参加型医療の進展によって医師の役割は変わる。だが、医師の存在がなくなることはない。検査の発注・管理などは、「消費者にアウトソーシングする」ことが中間に介在する時間と人手を省くことにつながる。要するにコストダウンできるのだ。そして金融アドバイザーと同様に、医師は従来の役割を、新しい消費者参加型医療という状況に合わせて変えることが求められるだろう。それは「医療のバリューチェーンの上方へ移動(Moving Up)する」ということである。さらにそれは、より消費者に密着した、消費者と対等の立場の専門的なアドバイザーという、本来の医師の役割へ近づくことでもある。

Health2.0とは,単に医療にネットを利用することだけではない。それは医療変革のビジョンを持ったムーブメントなのだ。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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