患者と医師の新たなロールモデル

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昨年来、
「出る、出る」と言われながら、なかなか姿を現さない”GoogleHealth”。先週、開発チーム・メンバーの一人、医師のロニ・ザイガー氏がGoogle公式ブログにポストしたエントリーが話題になっている。これを分析したある有力ブロガーなど、「GoogleHealthがPHRであることがこれではっきりした」と論評しているが、果たしてそうか?。また、このザイガー氏のエントリーは、GoogleHealth開発の苦闘の一端を伝えると同時に、むしろ従来からある問題を浮き彫りにするものだと思えるのだ。

患者と医師の関係性

「Googleに参加する前、私はフルタイムのプライマリケア医師だった。毎日患者の話を聞いたり、患者が快方に向かうのを手伝ったりした仕事の時間を、私は永遠に大切にするだろう。そして一週間に一回、私は郡の病院で急性期医療医師としても働いた。これらの経験に基づいて、私は患者が直面する問題を証言してきた。そのうち最大の問題の一つと思うのは、最も基本的な質問、たとえば『もしも私がタイプ2の糖尿病だったら、どんな検査や治療を知るべきか?私が受けようとするケアは、最高の専門家が推薦するものと同程度か?』のような質問に、患者が答えを得られないということである。」

アダム・ボスワース氏の”GoogleHealth”チームで働くザイガー氏は、このようにまず患者の情報環境が不備であることを指摘している。だが、ここでザイガー氏が取り上げ例示した「患者の基本的な質問」には、実は看過できない問題が含まれている。それは、単に情報環境の不備と言う誰もが指摘する問題である以上に、医療情報を媒介とする患者と医師の関係性の問題であるだろう。

情報の非対称性

かつて、患者と医師との間にある「情報の非対称性」という問題がしきりに語られたことがあった。もともと「情報の非対称性」とは経済学で使われた言葉であるが、ケネス・アローの論文以来、その事例として医療が持ちだされるケースが多い。

高度に専門的な医療情報を持つ医師は情報優位に立ち、一方、患者は情報劣位に立つほかない。この関係において、たとえば患者は医師が薦める治療方針が、はたして正しいかどうかを判断する情報を持っていない。ゆえに、これは通常の市場取引とはかなり異なった取引となる。患者側の選択肢は、医師が提示する治療オプションを一応「信じる」か、それとも「疑い、取引しない」かのどちらかしかない。中間的な「値引き」や「増量」などのインセンティブは、医療においては考えられないからである。

では、インターネットによって患者側の情報収集力がパワーアップし、量的にも質的にも医師側の情報と大差なくなった場合はどうなるのか。「情報の非対称性」が消え、お互いがイコールパートナーとして協同してより良い治療方針を探し出す、というような理想的な関係が構築されるのであろうか?。そうではないだろう。

医療現場でのウェブ情報利用実態

以前のエントリー(「患者と医師のWeb医療情報共有状況」)で、ウェブ上で収集した医療情報が患者と医師の現場で、どのように利用されているかについての調査結果を挙げておいた。それを思い出すと、

回答者のうち52%が、彼らの医師は患者がWebで見つけた医療情報について、質問に答えてくれると回答している。38%は、彼らの医師は彼らが見つけた情報を検討材料にしてくれると答えている。だが、回答者の5%は、彼らの医師は困惑しているように見えたと言い、3%が、医師は彼らの情報を無視したと答えた。

これは米国の調査結果であるが、まだまだウェブ医療情報を患者と医師が共有し充分に検討する段階までは達していないようである。

日本でも同様の調査実施が望まれるが、実は筆者が経験した最近の事例からすると、日本では診察室で患者がウェブ医療情報を持ち出すと気まずい雰囲気が流れることが多いような気がする。先日もある診療所で、処方薬剤についてウェブ情報をもとに質問したところ、医師から完全に無視され、断定的でにべもない回答をされて非常に不愉快な思いをした。後で、ウェブ情報をさらに調べて見たが、この医師の説明はあきらかに誤りであることがわかったので、結局、他の専門病院へかわることにした。

「情報の対称性」下における新たなロールモデル

このように患者のエンパワーメントが進んでいくと、医療現場における「患者-医師」の関係性が大きく変わっていくのではないかと思われる。ただ、それは一概に良い方向ばかりではない。今までの関係性との軋みや、衝突までもが当然予想されるのである。では、このような「情報対称性」の時代において、患者と医師それぞれのロールモデルをどのように構想し、それが医療現場でワークするために、何を変化させなければならないのか?。ことはヒューマンファクターを含むだけに、単線モデルでは充分ではなさそう。そして、そのロールモデルのヒントは、医療業界の中にではなく、どうやら外にあるような気がする。しかし、診察室にネットワークに接続されたPCくらい置いてもらいたいものだ。

photo “stuttgart in radial” by frischmilch

stuttgart in radial

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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