破壊的イノベーションと医療

Christensen

「破壊的イノベーション」(Disruptive Innovation)とは、ハーバードビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授が「イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき」(Harvard business school press)で展開した経営コンセプトであるが、先月、今度はこのコンセプトを医療に適用した新著「THE INNOVATOR’S PRESCRIPTION: A Disruptive Solution for Health Care」が発表された。

クリステンセンのこの新著は、早速、New York Timesが「Disruptive Innovation, Applied to Health Care」(1月31日)で取り上げている。またHealth2.0コミュニティでも注目を集めており、中心的論客スコット・シュリーブ氏は、自身のブログでクリステンセンの共著者Jason Hwang氏にインタビューを試みている。

New York Times記事によれば、現代の医療ビジネスモデルはおよそ1世紀前に作られてから基本的にはほとんど進化しておらず、他産業に比し圧倒的に後進的である。病院や医師に対する国家や保険の支払は、患者の病気治療に対する出来高払いに基づいており、「患者を健康状態に保つ」ことへの経済的インセンティブは存在しない。つまり薬剤の過剰処方や重複検査が発生しやすい。

「(医療の)ビジネスモデルは数10年も昔に作られており、その当時は急性疾患が主要なコスト要因であった」とコンサルティング会社「Innosight」のシニアパートナーであるSteve Wunker氏は言う。「この産業におけるたいていのビジネスは、自分たちのビジネスモデルをまったく不変のものとして見ている。彼らは技術革新の成果さえも、この停止し凍りついたモデルに適応するものと期待しているのだ」。(Disruptive Innovation, Applied to Health Care, ANET RAE-DUPREE, Published: January 31, 2009, The New York Times)

このように「医療のビジネスモデル」の前時代性が徹底的に批判されているのだが、よく考えてみると、日本では「医療のビジネスモデル」という発想自体がこれまで存在しなかった。だからクリステンセンの発言やNew York Times記事が、やけに新鮮に見えるのである。われわれが日本で「医療」と言う場合、病院や診療所の見慣れた光景や、そこで働く医師や看護師の姿を想起したり、あるいは政府が取り仕切る諸制度を意味するが、それらは圧倒的な「現実」であって、それら以外の別の医療のあり様を想像することは困難である。だがクリステンセンらは、現代の医療を一つの「古いビジネスモデル」として相対化し、破壊的イノベーションによって取って代わられるものと主張する。ここで言う破壊的イノベーションとは、もちろん単純にITのことを指すのではない。

むしろITなど新技術は、医療という古い「凍りついたビジネスモデル」への適応を余儀なくされることによって、かえって成果を上げることを阻まれることもある。電子カルテなど情報システムが、医療現場での生産性向上にさしたる実績をあげていないのは、そのシステムの問題ではなく、そのシステムが「古い凍りついたビジネスモデルやワークフロー」に適応を強いられることが問題なのだ。

ともあれ医療の顧客である消費者は、この1世紀の間に、ライフスタイルもニーズも変化し多様化してきている。他産業においては、たとえば流通業界のように、それら変化する消費者のライフスタイルやニーズに適応すべく、様々な業態革新を起こし進化してきているのである。だが唯一医療のみが、まるで消費者の変化に無関心なままに、1世紀前と同じやりかたでサービスを提供しているのである。これで消費者の支持を得られるかどうか。答えは明確ではないのか。

ところでハーバードビジネススクールからは、クリステンセンをはじめ御大マイケル・E・ポーターやレジナ・ヘルツリンガーなど、多くの経営学者が医療に対し積極的な提言を行ってきている。Health2.0の理論的リーダーであるスコット・シュリーブのように、これらハーバード系学者による問題提起をベースに、新しい医療改革ビジョンを組み立てるケースも多いような気がする。つまり医療界内部だけでなく、多様な専門的な知が医療問題に結集するような動きが出てきている。日本でも、医療界内部関係者だけに医療を任せるのではなく、もっと外部が積極的に発言していくべきだと思う。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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