患者体験を集める。米国ユタ州の”Health Story Bank”。

HealthStoryBank

米国ユタ州保健局が、州住民から患者体験情報を集める「ユタ・ヘルス・ストーリー・バンク・プロジェクト」を開始。”Share Your Stories with Us”をスローガンにウェブサイトを立ち上げた。

「ユタ・ヘルス・ストーリー・バンクは、他の人と自分の体験を共有したいと考えているユタ州民から、健康関連ストーリーを集めたコレクションである。われわれはこれらのストーリーを、今日の健康問題の明確化に役立てたいと望んでいる。あなたのストーリーを共有することによって、あなたはこれら問題の社会的認識を高め、他の人がより健康になるように働きかけることができる」。

同じように「闘病体験の共有」を掲げるわれわれの目から見て、「おやっ?」と思うところがある。それは、その目的の一番目に「今日の健康問題の明確化」ということが挙げられている点である。このことによって、このユタ州プロジェクトとわれわれのTOBYOとの距離感というものが、ある程度つかまえられたように思う。つまり、ある意味では行政プロジェクトとして当然と言えるが、ユタ州プロジェクトはあくまでも「健康問題の実態把握」という調査的側面が強く、そのため「マテリアルとしての患者体験」という観点がプロジェクトの立脚点になっているということだ。

そのことは「ストーリーはいかに利用されるか?」というプロジェクト・サイト上の記述にも見て取れる。

  • インタビューすべき実際の人を必要としている健康関連ストーリー従事者からの要求に応えるため
  • ユタ州議会が州予算を編成するとき、議会関係者に健康問題の重要性を示すため
  • 健康広報メッセージを作成するため
  • 健康的な生活をプロモートするために、地域コミュニティにプレゼンテーションするなど教育活動のために使用する、ファクト・シート、パンフレットそしてウェブサイトを制作するため

以上のようにこのプロジェクトで集められる体験ストーリーは、主として行政当局自身の健康促進キャンペーン活動のマテリアルとして使われるようだ。そのため、集められたストーリー・コレクションはその要約をのぞいて、すべてが一般に公開されるのではない。たとえばストーリーのディテールや作者(患者)への連絡先は隠され、作者の同意がなければ公開されない。やはりここでも「プライバシー保護」がその理由として持ち出されてされているが、このあたりが「行政の限界」か。また共有のために提出されたストーリーは、その内容を事前チェックつまり検閲されるようになっており、これでは作者にリスペクトが払われているとはとても思えない。

このように見てくると、最初にあった「患者体験の共有」ということへの共感は、やがて色あせて行ったのである。このプロジェクトはあまり成功しそうもない。日本で多数のウェブ闘病記を見てきたわれわれの目からすると、闘病記を単に資料的価値で捉えるのではその全体像を理解することはできない。言語表現のゆらぎ、そしてフォント、カラー、レイアウト、写真、ウィジェット、ページデザインなどの多様性が、一人ひとりの体験のユニークさを表出していることに注目しなければならないのだ。一言で言えば「表現」である。闘病活動の一環として「闘病記という名の表現活動」があることを理解しなければならないのだ。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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