ウェブと医師は競合するのか?

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かつて2001年に、AMA(米国医師会)は「オンライン医療情報は、決して医師が積んできた経験やトレーニングに取って代わるものではない」と述べ、ウェブ上の医療情報に基づく自己診断や自己治療の危険性を強く社会に警告したことがあった。このAMAメッセージは「チャットルームよりも医師を信頼せよ」などのわかりやすいフレーズに翻案され、米国社会に広く知られるところとなった。

だが当然、これに対する反発もわきおこった。たとえばそれは「AMAはRIAAと同じく、前時代の遺物だ」などの言説であり、当時、世界的な拡大の途上にあったインターネットに対応できない、「レガシー業界」として医療界を批判するものであった。ちなみにRIAAとは米国レコード協会の略である。

さて、実は先月、医療関連のブロゴスフィアでいくつかHealth2.0をめぐる論争があったのだが、いみじくもこのAMAメッセージが過去の記憶から呼び出され、またもや今度はHealth2.0批判の根拠として使われているのを、たまたま目にする機会があった。この際、改めてこのAMAメッセージを批判的に検討しておきたい。

まず「オンライン医療情報は、決して医師が積んできた経験やトレーニングに取って代わるものではない」というAMAメッセージだが、これ自体は誰しも否定できない事実であるように見える。だが、よくこのメッセージの中身を吟味してみると、そこには本当は相互に独立する二つの事柄が、あたかも一方が一方を禁止するような対立関係にあるかのように、無理やり接続されていることがわかる。

  1. 消費者がウェブで医療情報を収集すること
  2. 医師がプロフェッショナルな訓練と経験を積み上げていくこと

この二つは本来、直接の関係はない。だが「チャットルームよりも医師を信頼せよ」あるいは「ウェブで医療情報を収集するよりは、医師の診察を受けるべきだ」というメッセージは、これら二つの事柄を対置し、まるで一方よりも一方が望ましいことであるかのように言明している。

実際には、両社はそれぞれ共存しうるはずだ。患者が自分の病気について少しでも多くの情報を得るために、ウェブで必死になって情報検索するのは当たり前のことだ。そしてそのことと、医師のところへプロフェッショナルな診察を受けに行くことは、まったく対立することではない。さらに進んで言えば、次のようなことも指摘できる。

  • 医師のところへ行ったが、診察時間は三分間で、詳しい丁寧な説明をしてくれなかった。
  • 医師の説明してくれた治療法は何年も前の古い情報であり、最新の治療法は教えてくれなかった。

患者から見ると以上のようなケースが現にあるために、ますますウェブで医療情報を調べることになる。特に医学の進歩は日進月歩であり、常に最新の医学研究成果を継続的に学ぶことの困難さは増してきている。また、日本のように多数の診察をこなすために、患者一人当たりの説明時間が極端に切り詰められている現状では、患者側の情報ニーズはまったく充足されていないのだ。

そもそも今日では、ウェブ黎明期や成長期とは違い、消費者が何かの行動に伴ってウェブで情報を収集するのはすでに日常的なことであり、医療もその例外ではない。つまり、むしろそのことを所与の前提に組み入れて、では医療供給側はどのようにサービスを提供すべきなのかを考えなければならない。

ウェブは医師の競合相手ではない。そして患者と医療者は、本来、協同して病気に立ち向かうパートナーであり、どちらも同じ闘病者なのだ。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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