これまで患者SNSはいくつか取り上げたが、イギリスのPatientConnectionはウェブ患者コミュニティでありながら、むしろ医療分野のマーケティング調査パネルであることを前面に打ち出している。この打ち出し方が、妙に潔く、新鮮に感じられるのだ。なぜならこれとは逆に、表向きは「患者のための体験共有コミュニティ」などと言いながら、実態は単なるマーケティング調査パネルのための患者囲い込みであるようなケースが、むしろありがちだからだ。
成功したプロフェッショナルSNSであるSermoでさえ、「裏で情報を企業に切り売りしている」との批判や疑念がつきまとっている。そうなると、最初からはっきりと調査目的のサイトであることを明示した方が良いに決まっている。その意味で、PatientConnectionサイトは非常にフェアな情報開示をしていると言える。サイトには、主として医療分野専門のネット調査パネルの利便性がストレートにわかりやすく述べられている。そして一部、患者およびその家族・友人に対するパネル参加勧誘ページもあるとはいえ、そのほとんどは医療機関、製薬メーカー、機器メーカーそして調査会社等を対象とした内容となっているのだ。
患者調査パネルは「Patient’s Voice」と名付けられている。
「Patient’s Voiceは、あなたの意見を反映します。Patient’s Voiceに参加すれば、市場調査に参加することを通じて、あなたの病気の治療オプションをより良く理解するためのツールや情報を提供される機会を得られます」。
このように、「調査に参加することが、むしろ闘病生活のメリットになる」とまで語っているのだが、日本ではあまりこのような言い方はしないのではないか。たしかに調査によっては、新しい治療方法や薬を試用する治験まで含むのだろう。また、ウェブ上で同病の患者同士が調査テーマについてディスカッションすることによって、各々の患者体験を共有することもできる。しかし、治療分野別に75のコミュニティがあり、すでに約三万人が参加しているようだが、この患者コミュニティ内部がどのようになっているかは不明である。常にアクティブな状態のコミュニティなのか、あるいは特定の調査プロジェクト単位のアドホックなコミュニティなのか・・・・。そのあたり、どうなっているのだろう?。
昔、当方がマーケティング・プランナーをやっていた頃、グループインタビュー調査をさんざんやったものだ。被験者数名を専用ルームに集め、さまざまなテーマについてディスカッションしてもらうのだが、なぜかその種の部屋の一面には、きまって大きな鏡が配置されてある。これはマジックミラーで、実はその裏にモニタールームがあり、そこにクライアントをはじめ調査スタッフが待機しており、小暗くした狭い部屋からミラーを通して被験者のディスカッションぶりと表情を息を詰めじっと観察している。
これは被験者が「他人から見られている」という緊張感を持つことなく、自由に自分が思うところを述べてもらうための配慮である。だが何回も被験者として調査に参加した人には、その拙い仕掛けはバレていたと思う。また、何回か調査に参加するうちに「顔見知り」ができ、やがて「調査友」となることもある。こうなると、被験者者はマジックミラー越しの「見えない視線」を意識して「優等生」的に振る舞い発言するようになり、さらに「調査友」と盛り上がってしまうことさえあった。ここまで来てしまうと、調査によって得られた定性データを分析し、そこからインサイトをひき出すことが一挙に難しくなる。発言のバイアス部分を訂正しながら読み込むことが要請されるからだ。
「患者コミュニティベースの調査パネル」ということを考えているうちに、以上のような記憶がよみがえった次第である。おそらく当方がグループインタビュー調査で経験したような問題が、「患者コミュニティベースの調査パネル」でも起きるはずだ。それを回避するために、PatientConnectionでは最初から調査が目的であることを明示している。そして下手に目的を隠したり「美しきタテマエ論」でごまかしたりせず、調査に参加することによって参加者が得られるメリットをきちんと説明しているところが立派である。
だが、コミュニティである限り「調査友」ができることは避けられない。だから、そのコミュニティのありかたが気になる。さらに「集合知の調査利用」という別次元の課題も見えているのだが、それはまた後日検討したい。
三宅 啓 INITIATIVE INC.