グランドデザインなき「医療情報化グランドデザイン」

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先月末、「医療・健康・介護・福祉分野の情報化グランドデザイン」が厚労省より発表された。通読して見て、結局、どこに政策のプライオリティがあるのかが不明確であり、「総花的に概論が垂れ流されている」との印象しか持ち得なかった。そのことは、この長ったらしいタイトルを目にしただけで、十分予感されたことではあるが。
同時に、2001年12月に発表された「医療・健康・介護・福祉分野の情報化グランドデザイン」も見たが、五年余りの時間を挟んで発表されたこの二つのガイドラインが、ほとんど同じ事を述べていることに奇異の念を禁じえなかった。あたかもこの五年間は、日本の医療情報化にとって何事も生起しない空白の時代であったかのようだ。

つまり五年前に構想されたこと、たとえ大雑把ではあってもタイムラインを設定された施策として公表されたことの成果検証と総括が、まったく不問に付され、五年の歳月を経て新規意匠を施され、またもや反復されているにすぎないような気がする。五年前に計画されたことがどの程度達成されたのか、それとも未達に終わったのか。未達とすれば、その原因は何によるのか、今後、どのように改善できるのか。これらの真摯な検証を経ずに、どのような発想のもとに新規「グランドデザイン」が発表できるのか。理解に苦しむところである。

「全体最適化」に対する責任感

さて、この「グランドデザイン」の「3.基本的視点」には、「①総合的施策の着実な実施」に「情報化の主たる目的の1つは、利用者である国民が効率的にサービスを利用し、医療機関や介護事業者等が効率的にサービスを提供できるようにすることである。したがって、情報化を進めるに当たっては、医療・健康・介護・福祉の各分野にわたる施策の連携をとって効率的な投資が行われるよう最大限配慮することが必要である。(全体最適の実現)」とある。

医療IT化は、たとえば電子カルテなどに顕著なように、ITベンダーがそれぞれ個別に互換性の薄いシステムを開発し、それを医療機関がそれぞれ連携もなく採用導入してきた。これでは医療機関内部の部分最適化はされても、地域医療そして全国医療の相互連携がなされることは難しい。つまり日本医療は、「全体最適化」の観点での情報システム化で大きく立ち遅れている。

その意味では「全体最適」を官庁が担うという意図はわかる。だが、全体最適化を標榜すし追求するのであれば、「全体」を俯瞰的に示すイメージ、すなわち「グランドデザイン」が必要となる。皮肉なことに今回発表された「グランドデザイン」は、「グランドデザインを欠いた『グランドデザイン』という名の文書」で終わっているのではないか。

たとえば米国政府が発表したNHIN(Nationwide Health Information Netwaork )構想では、「EHR<RHIO<NHIN」という三層レイヤーとして全国医療情報システムのグランドデザインが掲げられている。このように全体的な俯瞰イメージが明瞭になれば、次に、それぞれの構成部分へと議論をおろすことが出来る。

では今回の「グランドデザイン」に、そのような全体俯瞰イメージとしての「グランドデザイン」はどう示されているか。ここが欠落しているから、「国家プロジェクト」という熱意も信念も感じられない。「全体最適」を唱えるのであれば、その前提としての「全体像の提示責任」から逃げることはできないはずだ。

ネットワーク志向の医療へ

結局、「グランドデザイン」の名にもかかわらず、この「グランドデザイン」という文書は従来課題と個別案件の寄せ集めになっている。「総花的」と言うほかない生彩を欠く印象はここから由来する。それをいちいち再現・指摘・批判する気も失せる。

これからの医療にとって、「自律、分散、協調」と要言される「ネットワーク」という考え方はますます重要になるだろう。それは、ある意味では従来の官庁に代表されるヒエラルキー志向、コマンド&コントロール志向とはまるでちがう原理である。「全体最適化をガチガチに固めていくと、結局そのシステムはワークしない」という発想を持たねばならない。「全体最適化を最小限に抑え、プレイヤーの自由度を最大限に高める」という発想ができるかどうか、またそのような仕組みを設計できるかどうかが問題となる。しかし、もう官庁に過大な期待をする時代でもないだろう。

中央官庁は文字通り正真正銘の「グランドデザイン」を示し、的確なアジェンダ設定ができる、優れたモデレーター役に徹してもらいたい。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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