「医療IT化」という空念仏

今朝の日経朝刊一面に、下記のような記事見出しが目に止まりました。

「検診情報を電子化。厚労省、08年度から重複検査やムダを省く」

厚生労働省は医療・介護の効率化に向けたIT(情報技術)の活用計画をまとめた。診察内容と医療費を記した診療情報明細書(レセプト)や、健康診断の結果といった情報を電子データで管理し、患者や医療機関などが活用できるようにする。患者や病院が入手する情報を透明にして、同じ検査を何度も実施するといったムダを排除するのが狙いだ。(07年2月14日付け日経朝刊)

日経が以上のように報じているのは、現在パブリックコメントを募集している厚労省発表の「医療・健康・介護・福祉分野の情報化グランドデザイン(案)」という文書のことです。この冒頭は次のような書き出しで始まっています。

1 はじめに
厚生労働省においては、情報技術を活用した今後の望ましい医療の実現を目指し、平成13年12月26日に「保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン」を策定した。このグランドデザインにおいては「医療の将来像を踏まえた医療の課題と情報化」、「医療情報システム構築のための戦略」、「情報化の進展に伴う保健医療福祉総合ネットワーク化への展開」、特に医療情報システムの構築に関しては電子カルテ・レセプト電算処理システムの目標と達成年次、国の講ずるべき施策等が盛り込まれている 。

つまり今回発表されたこの「グランドデザイン」に先立つ五年ほど前に、実は旧バージョンの「グランドデザイン」が存在したということがこれでわかります。 そして旧バージョンには「特に医療情報システムの構築に関しては電子カルテ・レセプト電算処理システムの目標と達成年次、国の講ずるべき施策等が盛り込まれている 。」とのことです。ではその旧バージョン「グランドデザイン」に掲げられた目標、施策はどのように実行され、どの程度達成されたのでしょうか。

これは以前「なぜ進まない、医療のIT化」 というエントリーでも書きましたが、この間、レセプト電算化などの普及を見ても、まるで進んでいないのが実情です。では、なぜ五年前の「グランドデザイン」が目標未達であったのか?。その原因は何か?。それらのことは、この新「グランドデザイン」には一切触れられていません。

普通の民間企業であれば、このような原因と責任の追及があるのは当たり前であり、目標未達の徹底的な総括もせずに「次の計画」を語ることは許されません。この厚労省の「ITグランドデザイン」をはじめ、ここ数年間に「e-Japan戦略」などの掛け声の下に、官邸や各省庁から多数作案策定された「計画」の類は、その「結果」を明らかにしないまま忘却の彼方へと空疎にフェイドアウトしていきました。

これでは、新グランドデザインと旧グランドデザインの異同を論ずる気にもなれません。そしてまた、民間の方にもお役所頼みで、それこそいまだに「産学官で」などと情けないことを言う人々も存在していました。「e-Japan」を思い出しても、この言葉を金科玉条のように言いふらしていた人達や団体や・・・・・・。それらを聞くたびに「お上依存の談合体質」ということを強く感じずにはいられませんでした。

とにかく市民、生活者としては、今回の「グランドデザイン」のような打ち上げ花火に幻惑されることなく、時系列でしっかりと、コトの成り行きと結末をウオッチングしていくことがまず必要でしょう。 しかしレセプトや健康診断データのデジタル化と活用など、基礎的なデータマネジメント分野であれば、むしろ民間がどんどん出来ることからやればよいのです。その際、重要なのは、民間企業がこれらの分野で自由闊達に新規事業を立ち上げられない規制や障害があるとすれば、それを行政がディレギュレーションするなりして、自由で透明性の高い市場創造に対する支援に専心してもらいたいものです。そのほうが、もっと早く、コストも安く医療IT化は進むはずです。そうでなければ、いつまでたっても厚労省は「医療IT化」という空念仏を繰り返すことになります。

しかし、医療分野ではこれら新市場開発に対するハードルは高いと感じています。たとえば「個人情報、セキュリティ、安全性」という三点セットがあり、これらを口実として、実際に必要であるよりも過度に高い技術水準を要求されることが少ないないからです。もちろんこの三点の重要さを否定するものではありませんが、現実には常識的に見た必要達成水準とコストの両面のバランスを評価した上で実行されるべきものでしょう。過剰な水準は過剰なコストを生みます。
そしてさらに、結果として「e-TAX」のように誰も利用しないシステムができてしまうのです。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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