TOBYO開発の経緯

TOBYOstory

一昨年の8月。たしか半ば頃。暑い土曜日の午後だったと記憶している。世間はお盆休みだった。その日、海外の医療ウェブサービスを探している内に、TOBYOの基本アイデアは浮かんだ。実はその前年(2005年)の夏からおよそ一年間、「Web2.0+医療サービス」というテーマでアイデアをずっと探していたのだが、なかなか決定的なものに出会うことができなかった。

また当時、ある大手医療機関のかなり大きなプロジェクトを抱えていたのだが、間に入っていた某広告代理店の「無策無為」ぶりに手を焼き、なかなか決定まで持ち込むことができなかった。そこで当初立案したプランにwiki、ブログ、ポッドキャストなどを盛り込み、いわば「医療機関サイト2.0」みたいなものを再提案したのであったが、提案は通ったものの、またまた「遅々として実現の道は見えず」というサスペンディドな状態に至ったのであった。このころから「Web2.0+医療サービス」が当方の最大の事業テーマとなったわけだ。

だが、「医療機関をクライアントにする」という進め方が、今にして思えば決定的に間違いだった。どの日本の医療機関も、ウェブサイトの位置づけは「インターネット上の看板」程度であり、サイトを利用して地域医療圏の消費者や闘病者と積極的にコミュニケーションを行うという発想がない。提案プランの善し悪し以前の問題なのだ。

このような成り行きで一昨年の春あたりから、独自サービスの開発へと大きく方向転換をはかった。春から初夏の頃に、コードネーム「Plum」という新規サービス開発に取り組んだが、これは端的に言って、クリニック向けのブログサイト・ホスティング・サービスみたいなものである。先日、当方の奥山とビールを飲みながら、「いつ、どこで、どう、PlumがTOBYOになったのか?」という話しになったが、実はPlumとTOBYOの間には何の連続性もない。

さて、一昨年夏に基本的なアイデアが出来上がってから、まずネーミングに取りかかったが、これが予想以上に難航。ようやく秋も遅くなってから、徐々に「TOBYO」というネームに固まってきたのだが、「コンセプト、クライテリア、アイデア出し」というネーミングの常道を無視し、いつの間にか自然発生的に決まったようなものである。だが、いざ決まってみると、このネームは非常にシンプルでインパクトのあるネームであることが分かった。これもいわば「事後的」に分かったのである。

そして一昨年夏から年末までに、ウェブ上の闘病サイトを探索して、およそ2300ほどの闘病サイトを徹底的に読み込み傾向を分析したのである。その一端はこのブログの初期エントリーに記してある。サービス内容の検討の過程で、闘病記ホスティングのような形態も考えたのであるが、結局、これは見送った。なぜなら、多数の闘病サイトを読み進むうちに、この闘病サイトというジャンルの生命は、その多様性にあると思ったからである。百人百様の闘病体験があり、それぞれの闘病者の手による闘病サイトは、思い思いのデザインやスタイルが一人一人の個性を主張している。これらを特定の鋳型にはめ込む必要はないと思ったのだ。そう考えると、われわれの「TOBYO」が果たす役割は、それぞれにユニークな、唯一無二の闘病サイトに響き渡る闘病者の声を、できる限り多数の人々へ効率的に届けることである。

最早使い古された「ロングテール」という言葉があるが、われわれのTOBYOは、いわばウェブのテール部分に存在する闘病者の貴重な体験コンテンツを、効率的にアグリゲートすることを目指している。テール部分にあって目立ちにくい闘病サイトが、もっとたくさんの人に読まれるようになればと考えている。貴重な闘病体験情報が、たくさんの人に利用されることを願っている。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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