医療価格の透明性

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医療改革論議において「医療の透明性の確保」は常に指摘されてきた。インフォームドコンセントや医療機関のアウトカムデータ公開などは、たしかに透明性に直結する大切な問題ではあるが、患者側からすればもう一つ切実な問題がある。それは医療価格の透明性である。事前見積もりである。病状や治療方針を事前に知ることは当然だが、患者にとって「一体、この治療を受けると医療費がいくらかかるのか?」が本当は大問題なのである。だが、現実には事前見積もりを提示してくれる医療機関はほとんどない。患者ニーズと医療実態が、ここでも著しく乖離しているのだ。

価格は市場経済の土台である

価格の透明性、あるいは価格の事前明示は市場経済の大前提である。誰だって、事前に価格がわからないものを買うことはできないのだ。価格とは買い手にとって、商品情報の中でも最も基本的で重要な情報である。ところが医療ではこの価格が事前に提示されず、事後的に請求されて患者が慌てるケースがほとんどだ。また、事前に価格が提示されないから、「価格比較」という「選択の自由」まで患者・生活者側は禁じられているに等しい。

医療価格の事前見積もりへのチャレンジ

米国コロラド州デンバーの非営利団体カソリック・ヘルス・イニシアティブ(CHI)は保険会社センチュラ・ヘルスと協同し、事前に患者に対し医療費の見積もりを提示するソフトウエアの試験運用を開始した。

『どこまで保険がきいて、いくら自己負担額を払うのか?』という消費者の質問に答える必要があるのです。

とCHIのVPピート・サビーニ氏は言う。たとえば腰間接置換手術で、ある病院は3万5千ドル、ある病院では3万2千ドルかかるだろうということだけでは消費者にとって充分な情報ではない。消費者が本当に知りたいのは、実際に彼らが自己負担する費用の額なのだ。

(事前価格提示しない)病院が悪いんだが、でもこれは本当は彼らの落ち度ではないんだ。

こう語るITベンダーのFinancial Healthcare Software社のトラビス・ジェントリー氏は、そこで、病院が患者の自己負担見積もりコストを共有できるソフトを開発した。病院にとっても患者に対する医療費事前提示は、患者満足を高めることになり、また、事後の円滑な医療費支払いを促進するためにも必要なことだったのだ。

試験運用中の見積もりソフトは一年以内にWebツールとしてリリースされ、全米20州で無料で提供されるようだ。これによって患者は自己負担額、保険負担額、控除額、病院チャージ(10%-20%)などの細目まで、事前に見積もりを見ることが出来る。

患者にとっても、病院にとってもハッピーなサービスだが、一方、保険会社が頭を抱えている。保険会社はこの事前見積もりによって、これまで表面化しなかった保険会社の機密に属する価格情報までが開示されることに青くなっているとのことだ。

日本における医療価格透明化の現状
日本の場合、これまで基本的に健康保険が適用される医療費を公定価格で決めてきた。これはある意味では事前の価格提示がしやすい環境だと思えるが、実際には、ほとんど事前価格提示はされていなかった。今後、混合診療などが新たに追加されると、価格体系はより複雑になり、ますます事前価格は不透明になることが予想される。さらに事後に高額医療還付などがあったりと、もともと日本の医療価格は複雑である。わかりにくいから、患者・消費者の方もコスト意識を持ちにくいのだ。「医療費削減」などと叫ぶ前に、価格体系の透明性と事前開示、そして保険適用範囲や還付周りの簡素化に着手しなければ、患者にも医療機関にも正常なコスト意識が育たないのだ。

ではそもそも事前価格提示は、いったい誰が責任を負うものなのだろうか?。医療機関でもあり保険機関でもあるような気がする。だが米国コロラド州の事例に見るように、価格提示サービスをいち早く導入すれば自病院の競争優位を築くことができる。日本医療界には競争マインドと顧客志向がないのだろうか?。もう少し患者・消費者ニーズの実態に即した発想というものが、医療界から出てこないものだろうか?。

Source: Rocky Mountain News,Jul 5,2007

Photo by cyancei

http://www.flickr.com/photos/casers/211522240/

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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