長い道のりだった。この「TOBYO開発ブログ」は2006年12月から開始され、以来9年が経ち、来年にはもうまるまる10年になる。当時米国西海岸に立ち上がったHealth2.0ムーブメントと伴走しようと、患者体験共有「TOBYO」プロジェクト開発に取り組みながら、少しづつその目指すべきビジョンと方向性を固めてきた。ビジネスモデルとしてB2Bのデータサービスが必要であるとはわかっていながら、その具体像を見定めるのに手間取り、出来上がってきた初代「dimensions」には何か物足りなさを感じることさえあった。
さらにそれから、闇の中を手探りで進むような数年が過ぎ、ようやく私たちは「d2」という成果物を幸いにして作り上げることが出来た。そして再びあらためて周囲を見渡してみると、そこには10年前とはまるで違った景観が広がっていた。2005年ごろから始まったweb2.0に触発されて、おそらくHealth2.0も私達のTOBYOプロジェクトも起動されたはずだが、そのweb2.0で夢想された理想主義や予言された革命は、いつの間にかまったく別物の「現実と日常」に置き換わってしまっていた。今日あるようなSNSやコミュニティやネット世論は、当時予想された「ネットの近未来像」とは相当異なった相貌を呈していると言わなければならない。
はっきり言えば、大きな失望を感じている。しかし、この現実を受け入れざるを得ないのだ。ちょうど一年前に書いた「Health2.0の7年」というエントリで、私はムーブメントとしてのHealth2.0の役割は終わったと書いた。そのことはこの1年を経てますます確信を深めている。かつて楽天的に語られた「情報技術革新が医療を変える」というビジョンも、いまや「本当にそうだったか?」と懐疑の目で見つめなおす時期に来ているのかもしれない。
今年はそんなことを考えることが多かった。その中で「d2」開発に取り組んでいたわけだが、やがてd2が出来上がってみると、これまでのように単にHealth2.0の文脈の中でそれを位置づけることはできないと思い始めていた。あれこれ思案しているうちに、次第に明白になってきた事柄がある。それはもう一度、かつての私達の出発点であった「医療マーケティング」に戻ることである。
web2.0やHealth2.0ムーブメントの熱狂の中で、私たちはあえてマーケティングを「20世紀の遺物」と退けていた。だが、実はHealth2.0なども医療マーケティングを構成するパーツの一部であり、新しい情報技術環境において新しいユーザー(患者)ニーズを捉え、新しいサービスとプロダクツの開発をデザインし、新たなサプライ方法を創造するという全体最適化の発想が必要であった。つまりHealth2.0という「部分」を医療マーケティングというシステム全体に適合させることが本当は求められていたのだが、どうも「木を見て森を見ず」の傾向が支配的で、全体最適化という視点を欠いていたのである。
そのように考えを進めてみると、Health2.0初期のビジョナリーであったスコット・シュリーブが、なぜ「医療の再定義」(ポーター&テイスバーグ)にこだわったかがようやくわかった気がする。スコット・シュリーブは情報技術革新という「部分」への集中ではなく、医療システム全体を新しい情報技術環境と新しい患者ニーズにおいて再定義することが重要であると主張していたのだ。そして、そのような全体最適化の観点によってしか医療を変えることはできないと考えていたのだ。
私たちは「d2」を上市するにあたって、もういちど医療マーケティングという出発点に立ち戻りたい。そして、いうまでもなく医療マーケティングとは、最終顧客である患者のニーズを起点として創造され計画される行動のことである。つまり「患者の生の声をきくこと」から医療マーケティングは始まるのであり、まさにd2はそのためのツールとして開発されたのである。私たちはここであらためて医療マーケティングへ回帰し、その基本ツールとしてd2を位置づけたい。
三宅 啓 INITIATIVE INC.