医師コミュニティの考察: SermoとQuantiaMDをめぐって

この前ご紹介したQuantiaMD Japanに「プライベート・ディスカッションズ」機能が追加された。これは招待制のディスカッション・ルームで、使い方として「自分の診断に対してセカンドオピニオンが欲しいとき。同じグループで患者に関するディスカッションが必要なとき。院内の連絡事項やニュースの共有。書類の共有。知り合いの医師と連絡を取りたいとき。」などを想定しているようだ。

最初、このサービスはSlideShareの医療版のように見え、コミュニティ機能は弱いように思えたが、今回の「プライベート・ディスカッションズ」の追加によって医師SNSとしての基本的体裁は整えられた。「SlideShareの医療版」という点も、単純でありがちな着想に見えるが、実は非常にイノベーティブなアイデアだと思う。エントリやコメント単位ではなく、プレゼン・スライドという情報単位が医学情報に親和性が高いからである。プレゼン・スライドであれば、文字情報だけでなく図、写真、動画、音声などの情報を簡単に取り込むことができる。これらプレゼン・スライドをデータベース化すれば、ビジュアルな医学百科事典ができあがるだろう。

またQuantiaMDは、収載スライドを一般ユーザーにも公開している。これまでの医師コミュニティは一般ユーザーをシャットアウトし、中でどんな新しい医学的知見が配信・共有されているかを見ることはできなかった。QuantiaMDでは公開スライドを通して、患者が自分の病気について最新の医学情報を学ぶことができる。患者向けのスライドやツールも用意されている。以前も言ったことがあるが「Health is SOCIAL」なのだ。医学情報は密室コミュニティに封印するのではなく、広く社会的公開をめざすべきだろう。その意味で、あくまでこれは当方の希望的観測だが、今後、医師SNSは密室コミュニティから、患者や社会との接点を意識したオープン型コミュニティへ移行するのではないか。つまりSermo型の「医師だけのコミュニティ」の時代は終わり、社会に開かれた医師コミュニティの時代の到来を、このQuantiaMDの登場は告げていると考えられる。

ところでSermoだが、なぜかひどい迷走ぶりを見せ始めた。年初エントリでも触れたSermoの新規プロジェクト”par80″は、まるでAMA(米国医師会)に対する批判キャンペーン・サイトと化している。どうやらペールストラントは本気でAMAと戦争するつもりのようだ。かつて「AMA公認SNS」というお墨付きをAMAから頂戴していた頃から見ると、Sermoを取り巻く状況は一変した。会員数は12万前後から増えず、アクセスデータから見た会員利用頻度も一昨年夏から漸減しはじめている。

Sermoのこのような有様は、特定の職能に特化限定した閉鎖的コミュニティというものが、多分にギルド化する傾向を持ち、ともすれば政治的な党派性を持ち始めることさえありうることを、私たちに教えている。だが穿った見方をすれば、これら過激なAMA批判も、実は会員拡大を狙ったものであるとも思える。

一般に医師コミュニティのビジネス上の弱点は、限定された医師数に拘束されている点にある。価格コムや食べログのように、数千万人のユーザーを想定することは不可能なのだ。たとえば日本の医師総数はおよそ30万人だから、「100万人の医師コミュニティ」というものは、そもそも最初から想定できない。つまり会員獲得の飽和点がすぐに来るということであり、これはコミュニティ内部のコンテンツやデータの生産量が少量にとどまることを意味し、価格コムのような、大量ユーザーによる大量データ生成を前提とした、クチコミ評価などのサービスの成立を困難にしている。

つまり、「データ生成をマネタイズする」ということが医師コミュニティにはむつかしい。唯一それを突破する方法は、矛盾したことを言うようだが、実は「会員数拡大」にしかない。

Sermoの場合、AMAと意図的に戦争をしかけ、医師組織率が20%台前半にまで弱体化したAMAを叩いてそれに取って替わり、結果として会員数を増やすということを考えているのかも知れない。しかし、これは危険な賭けである。その過度に政治的なキャンペーンが、会員の大量離脱につながる可能性もある

QuantiaMDの場合、日本語版公開を見てもわかるように、国際展開という戦略で会員数拡大をめざしている。米国だけでは会員数の伸びはSermo程度で飽和するが、国境を超えて医師会員を獲得していけば「100万人の医師コミュニティ」だって不可能ではない。

さて最後に、もう一度、「QuantiaMD」というブランドネームをじっくり見てみよう。何が見えるだろうか。そこには「Quant」という文字が入っている。これは「Quantity」(量)をめざす戦略が、はじめからブランドネームに彫り込まれていることを意味している。黒船が来たのだ。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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