ニュートン力学の調査から量子力学の調査へ

gyoen_hototogisu
日に日に秋は深まってきた。新宿御苑プロムナードを散歩していると、小川の傍らにホトトギスが咲いていた。白地に紫が点在する花が群生するありさまは、ひときわ御苑プロムナードでも異彩を放っている。そういえば正岡子規の雅号「子規」は、ホトトギスの異称であるらしい。だがこれは鳥のホトトギスである。最近、プレゼンテーションでたびたび正岡子規に触れることがある。

さて、このブログではずっとHealth2.0についての紹介や考察をポストしてきたが、今年に入って春先からリサーチ・イノベーションを取り上げる機会もふえている。患者体験データベースであるdimensionsの背景説明をするためには、単にHealth2.0の流れだけではなく、もう一本の流れとしてリサーチ・イノベーションを加える必要があったのだ。この二つの潮流が合流する地点にdimensionsが存在するのだから。

だがこの二つの潮流の源泉というものを考えてみると、実は同じ源から二つの流れが生じていることがわかる。その源とは、とりわけウェブ社会に生起した「知の地殻変動」ということになるのではないか。医療であれ調査であれ、ウェブ社会の成立以降、それぞれの領域の「知」のありかたが根底的に変わってしまったのだ。19世紀から20世紀にかけて、物理学の世界で「ニュートン力学から量子力学へ」という転換が起きたのと同じような変化が、ウェブ社会の成立をトリガーとして医療や調査の領域で起きているのではないだろうか。

調査領域を考えてみると、確率論をベースに組み立てられた従来のレガシー統計理論に、近年疑いの目が向けられている。欧米で大ベストセラーとなったナシーム・ニコラス・タレブの「ブラック・スワン」は、これらレガシー統計理論の外部に存在する不確実性とリスクに目を向けたが、マーケティングと調査の世界でもこの本の影響は予想以上に大きかったようである。たとえばこの春、調査業界で「P&Gショック」と呼ばれ衝撃が走ったP&G社のレガシー調査からの撤退宣言であるが、これをおこなったP&Gのマーケット・リサーチ責任者はきっと「ブラック・スワン」を熟読していたに違いない。

P&G社といえば、過去数十年間にわたって、世界で最もマーケット・リサーチに熱心であった企業だ。マーケット・リサーチのグローバル・リーダーと言っても過言ではない。現在でも年間調査予算は実に三億五千万ドルに達するが、このP&Gが2020年までに、レガシー調査をソーシャル・メディア・リスニング調査へ切り替えていくことを公式に発表したのである。「これまで調査業界は、調査プロセスや妥当性確認のディテールや調査手法に過度にフォーカスし過ぎており、これらはまるでイデオロギーみたいなものだった。・・・(中略)・・・。私たちはみんな、たとえば『(サンプルの)代表性がすべてだ』というような、ほとんど教条主義に近い信念を調査業界に持ち込んでいた。」などという発言をP&Gから聞くとは驚きである。Converseon社やRadian6などソーシャル・メディア調査会社のみならず、最近はNielsenのような伝統あるレガシー調査会社までが「ソーシャル・リスニングによる製品開発」などと打ち出すようになったのも、P&G社をはじめグローバル・ブランド企業のレガシー調査離れが背景となっている。

問題はリアル調査が単にウェブへシフトしただけなのでなく、これまでの「患者100人に聞きました」「医師100人に聞きました」みたいな調査そのものに疑念が向けられているということだ。だが、このようにしてデータを扱うことが、すなわち「科学」であるみたいなナイーブな「科学信仰」は、非常に根強くこの社会に存在するということも、たとえばdimensionsの説明をしているうちにわかった。ときどきやたらと「科学」を振り回す人に遭遇するが、その科学とは大概がニュートン力学的な「科学」である。そして「サンプルの代表性」が問題にされるのがお决まりであるが、別段、痛痒を感じることもなく、ただ退屈なだけなのである。

ニュートン力学がすべて無意味かといえばそうではない。たしかにニュートン力学で軌道計算を正確に行なったから「はやぶさ」は無事帰還できたのだ。しかし、宇宙全体の成り立ちをニュートン力学では説明できないし、原子核を回る電子の挙動もニュートン力学では説明できない。レガシーな統計理論にも「外部」が存在し、そこではもはやレガシー理論は通用しないということをようやく認める時代が来たのだ。製品開発から経営戦略立案まで、すべてをレガシー調査に基づいておこなうということが、そもそも異常だったのだ。

では量子力学的な調査とは、いったいどんなものだろうか。リスニング、MROC、エスノ、認知科学、ニューロ等々、さまざまなアプローチが出てきているがこれらはまだ試行錯誤の段階だ。だがP&Gのようなエスタブリッシュメント企業でさえ、すでにこのようなフロンティアへ出ていこうとしているのだ。私が広告業界で「ニュートン力学のマーケティングから量子力学のマーケティングへ」という言葉を聞いてから、すでに10数年経っている。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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