書評:「がんと闘った科学者の記録」(戸塚洋二著、立花隆編、文藝春秋)

Totsuka_Youji

先日エントリでも紹介したが、ノーベル物理賞受賞を確実視されながら大腸がんで亡くなった戸塚洋二氏の闘病ブログが本になった。「がんと闘った科学者の記録」(戸塚洋二著、立花隆編、文藝春秋)。本書は戸塚氏ブログサイトに書かれた闘病記を中心に、戸塚氏と交流があった立花隆氏による長尺の「序文」、そして「文藝春秋」(2008年8月号)に掲載された両氏による対談「がん宣言『余命19カ月の記録』」を収録している。立花氏の「序文」では、氏が戸塚氏に送ったメールが紹介されており、次のような箇所に目がとまった。

医者とのコミュニケーションがいまひとつのご様子心配しています。ただ実際問題として、がんはまだまだわからないことが多すぎて、医者としても質問に答えたくても答えようがないというのがおそらく実情だと思います。そう言う意味からも、患者のブログを沢山集めてデータベース化するというアイデア、大賛成です。

わからないものにぶつかったときは、まずは大量のファクトの集積からはじめるべきで、それも無機的な統計データ的ファクトの集積ではなく、人間という最高の知的センサーの集合体を最大限に利用したファクトの膨大な集積をはかるべきです。

そうでないと個々の医師が持つ貧しい体験知の集積を持ってよしとする(そういう貧しい体験知しか持たない医師が権威とされ、そういう貧しい権威の集まりがガン対策の戦略を決めるのが正しいとされる)袋小路的状況下から抜けられないと思います。(「序文」)

「患者のブログを沢山集め」て「闘病者によって体験されたファクト(事実)集積をデータベース化する」という構想は、生前、戸塚氏が闘病ブログで再三提起していたことであるが、これはまた奇しくも、私たちが取り組んできたTOBYOプロジェクトそのものでもある。そして戸塚氏はデータベースについても、症例の充分な量的確保が必要だと指摘している。たとえばディペックスという団体が「データベース」と称して数十例の症例を集めて満足していることに異をとなえ、次のように述べている。

私のような物理学者が研究を行うとき、研究上の現象が理論的に解明できていないときは、まず現象の詳しいデータを集め、その解析により、現象の全体像およびヴァリエーションを捉えていきます。以上から現象の背後にある本質を抽出していくわけです。このような作業のため、データベースの構築は真っ先に行うべき大切な作業です。

物理学者が取る研究手法はお医者さんの手法とはまったく異なっているようです。データベースというと数十以下の症例を集めて満足しているようです。テラバイトクラスのデータをデータベースにせよとはいいませんが、検索の終端で少なくとも100例くらいのデータは欲しいような気がします。(抗がん剤治療その11、恐れていた骨への転移-3、情報が欲しい!,2008年3月18日)

私たちはこれまで、基本構想を固めるために当ブログで数百のエントリに仮説や思考実験を書きとめ、膨大な量の海外事例を研究し、あらゆる角度から「TOBYO」というプロジェクトの可能性を徹底的に考察してきた。そして紆余曲折を経て、TOBYOプロジェクトは徐々に実体化されつつある。しかしこれと同時期に、一人の天才物理学者がほぼ同じ構想を描いていたことに非常に驚いている。「検索の終端で少なくとも100例くらいのデータ」を提供できるように全力をあげて努力したい。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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