書評:「ウェブ国産力」佐々木俊尚著、アスキー新書

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一昨年春の「グーグル、既存のビジネスを破壊する」( 文春新書)以来、この著者の著書は、出るたびに全部目を通してきた。しかし、まず最初から苦言を呈することになるが、どうしてこうも「書名」がダサイのだろうかと、いつも思うのである。この本も著者が「佐々木俊尚」でなければ、書名だけでパスしてしまうところだ。まして「日の丸ITが世界を制す」とのキャプションまで見てしまうと、書店店頭で手に取ることさえ恥ずかしくてできないではないか。少しは読者のことも考えて、意を尽くした書名ネーミングをしてもらいたいものだ。

とはいえ、中身はさすがプロのジャーナリストの仕事である。現場に足を運んでの取材は、現実に生起している「コト」を丹念に掘り起こし、いつもながら関係者の生きたボイスを多声的に編み上げて提示して見せてくれる。なおかつリアルタイムに生成されてくる事実を、時間軸上に配列して、その出自から意味を問い直す手際は鮮やかだ。

本書の構成を目次で見ておく。

  • はじめに
  • 第一章:未来検索ブラジルはグーグルの夢を「見ない」:ベンチャー起業が創る国産検索エンジン
  • 第二章:持ち運ぶ「ライフカタログ」端末、ニッポンのケータイ
  • 第三章:ブログ検索でマーケティングが一変する
  • 第四章:「気づき」を与えるアーキテクチャー
  • 第五章:リアル世界とインターネットをつなげるウェブ国産力
  • 第六章:情報大航海プロジェクトを推進する男
  • 第七章:ウェブ国産力が世界を制するために
  • エピローグ
  • あとがき

いくつか気のついたことを記すと。この本の焦点の一つは「検索」なのだろうが、「ウェブ→リアル」という方向へ、検索対象が拡大しつつあるのはよく分かった。その意味では「ウェブにおけるGoogleの独占」は相対化され、日本が拡大された新たな検索フィールドで巻き返す可能性があることも理解できる。だが、当面はウェブにおける検索がやはり重要なのだと、当方などは切実に思うのだ。たとえば医療情報検索の分野を考えてみても、もはやGoogleのような汎用検索エンジンでは、品質の良い情報をウェブから抽出するのは困難になりつつある。新しい特化型の医療情報検索エンジンが必要になっているが、まだまだこの分野の開発はようやく始まった段階である。また、「ウェブ→リアル」という対象拡大は、ある意味では対象の拡散に終わるおそれもある。

また、リアルから抽出したデータのマイニングが、本書では大きく取り上げられているのだが、何か読んでいる内に逆に時代を遡航するような気分を味わってしまった。その感覚の由来を考えてみると、確かにそこには、ここ十年来言われてきた「CRM」などの亡霊が見え隠れするのである。たとえば、かつて電通と富士通が開発した定性調査マイニング・システムだが、グループインタビュー調査録音データからマイニングして被験者発言を傾向分析するということだったが、結局、さしたる成果は上がっていなかった。「プロ野球12球団ファンの関係マップ」みたいなマイニングによる「分析」もあったが、「それで、いったい、現実の問題解決にどう寄与するのか?」という点で立ちすくんでしまったのだ。特に「マイニングの結果」についての「因果関係の立証」が困難だったのである。因果関係が特定できなければ、具体的なマーケティング・アクションを打つことができないのだ。

次に官主導の「情報大航海時代プロジェクト」の問題。以前から著者がこれを肯定的に論評しているのを見て、首を傾げていたのだが、本書を読んで少なくとも著者の意図するところは理解できた。しかし、だからといって少なくとも例えば当方のような弱小ベンチャーがこのプロジェクトに参加する気は起きるかと言えば、まったく起きない。とにかく単純に「リスクを取ってアイデアを実現する」ことが重要であり、国からお墨付きをもらったり、リスク軽減してもらったり、などとそれこそ「要らぬおせっかい」をしてもらいたくないのだ。また「人材の流動化」の必要性が取り上げられているが、そうならなぜ、あの「ロスト・ディケイド」の最中にゾンビ・エスタブリッシュメント企業の救済・延命などをしてしまったのか?。

ただ、今回の「大航海」プロジェクトのましなところは、責任者の「顔」が見えているところだ。だが、これまでこの類の官主導プロジェクトが失敗してきた最大の原因は、「誰も責任を取らない」という原理から出発し、そしてそこに終わるからだと思う。結局、「ノーリスク、ノーリターン」という真実が、事後的に分かる仕組みになっている。これ以上に空しいことがあろうか?。

以上のように、本書は読み進む内に様々な連想が起こり、今まで軽んじていた点を再考させてくれる刺激力を持っている。提示してくれる「事実」から、どんどん発想が広がるところが佐々木本の真骨頂である。冒頭に述べた書名の問題。加えて、いくつも目についた「校正落ち」の問題も、少なくとも有料パッケージ形式で上梓するなら改善を要望したい。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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